《二》

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 馬上で平清盛は今朝剃ったばかりの頭を一撫でした。夜風がいつもより冷たいと感じた。僧籍に入って二年経つが、これまで御髪を下ろす必要は大して感じていなかった。それなのに清盛は伊豆から帰った翌日である本日早朝、剃刀で自ら髪を剃り上げた。きちんと僧貌を整えて、為朝の為に念仏をあげてやりたいと考えたのだ。昼間に摂津国の久昌寺で源為朝の葬式をやった。清盛は僧侶浄海として読経を響かせた。一門のほとんどの者たちは険しい表情をしていたが、何も言わなかった。夜になってから清盛は京に戻る帰路へついた。帰る際、郎党たちに牛車を薦められたが清盛は断り、愛馬望月に跨がった。十五人に護衛されながら進む。右横には影のようにぴたりと平景清が付いている。往きながら清盛は時々望月のたてがみに触れた。この馬は美しい栗毛で豊かなたてがみと尾が特徴的だった。  清盛は羅城門の傍で馬を停めた。 「また、今夜も出ている」 清盛は鞍馬山の方角を見ながら呟いた。鞍馬山の上空に赤い星が輝いている。あの星はここ十日ほどずっと出ている。夜のうちは赤く、払暁近くなると白くなるのだ。何やら清盛は胸騒ぎを覚えていた。 「占師の大瀬良員治(カズハル)を六波羅に呼んでおけ」 「今夜中にでございますか」 郎党の一人が清盛に訊ねた。 「そうだ」と応えた。  六波羅の館に戻った。蝋燭の炎揺れる大広間、清盛は僧衣を解かず静かに座していた。左に景清、右に嫡男重盛が座している。障子の向こうに人影が浮かんだ。 「大瀬良殿がおいでになられました」 障子の向こうで使用人が声を発した。 「通せ」 清盛は言った。ほどなく、障子の向こうに別の人影が浮かぶ。 「お召しに従い、大瀬良員治参上致しました」 人影が言った。 「入るがよい」
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