《二》

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 障子戸が開いた。大瀬良員治は身には白装束、頭には烏帽子を付けていた。 「遅くなり申し訳ありません」 傍に座して員治が言った。 「怨霊祓いの依頼が一件入っており、少々手間取っておりました」 「ご苦労だったな、員治」 清盛は言った。大瀬良員治は齢三十で顔にはまだ青年の瑞々しさが残っている。系譜を辿れば、先祖はかの有名な安倍晴明に師事していたのだという。占いと怨霊祓いに精通するこの男はひどく真面目で清盛は絶大な信頼を置いていた。 「鞍馬山の上空に輝く紅星を見た事はあるか」  員治が頷いた。 「やはり殿もあの星を気にされていましたか」 「その言い方なら、あの星が何を意味し、毎晩出ているのか、お前はもうわかっているのだな」 清盛が言うと、苦いものを噛んだかのように薄明に浮かぶ員治の表情が歪んだ。小さな唸り声があがる。 「どんな事でも私は動揺せぬ。員治、お前が感じたまま、あの紅星について述べよ」  では、と言って員治がいずまいを正した。 「あの星は平家にとっての凶星」 この言葉に右側に座す重盛が大きな反応を示した。清盛は顔に重盛の視線を感じた。 「夜のうち赤い光を放ち、明け方には白い光を放つ。赤は平家の旗色です。つまり、いずれ平家を滅ぼす者が現れるとの暗示でございます」 「なんと不吉な」 重盛が呟いた。 「鞍馬山には誰が居たかな」 清盛は言った。 「遮那王がおります」 重盛が言った。清盛は重盛の方を向いた。 「遮那王というと」 「源義朝が常磐に生ませた子です」 重盛が清盛の呟きに応えた。 「牛若という幼名でしたが今は僧籍に入り、遮那王と号しています。齢は十一か二くらいかと」
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