《二》

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「あの時の童っぱか」 言って清盛は顎を撫でた。平治の争乱で清盛が義朝を破った際、牛若はまだ乳飲み子だった。ゆえに清盛は特に関心を示さず、放っておいた。そうか、今は鞍馬山の寺に居るのか。 「今のうちに軍兵を差し向け、遮那王を捕らえるのがよろしかろうかと」 員治が言った。 「寺に保護されているならそれはできぬ」 清盛は言った。 「寺社勢力と事を構えれば何かと厄介だ」 「ならば、この私から進言できることは何もございませんな」 言って員治が小さく頭を下げ、部屋を辞去した。 「一度、その遮那王なる若者を見てみたい」 清盛は員治が下がってから言った。 「噂では相当変わったところがあるとか」 重盛が言う。息をつき清盛は重盛を見た。 「どう変わっているのだ」 「一つの体の中にいくつもの人格を持っていると聞いております」 「どういう事だ?」 「普段は穏やかな若者ですが、何かのきっかけで突然、荒々しい口調となり、回りの物を壊し始めたかと思えば半刻後には女のような話し方になり啜り泣きが止まらなくなったりするそうです。幼い頃に母親と引き離された寂しさのせいで遮那王は精神をひどく病んでしまっているようですな」  清盛の中で遮那王を見てみたいという気持ちが益々大きくなった。同時に罪悪感のようなものも少し湧いた。遮那王こと牛若が母親と別れることになった遠因は清盛が義朝を倒した事にある。会って言葉を交わしてみたいと清盛は思った。 「明日の朝、鞍馬山に出向いてみるか」 清盛は言った。  清盛が六波羅の館を発ったのは翌朝、まだ夜が明けきらぬ刻限だった。鞍馬山の方角に望月の馬首を向けた。右横には重盛が馬を並べる。少し前を景清が往った。
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