《二》

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 鞍馬山の上空にある星は白く輝いていた。清盛たちが賀茂神社に差し掛かる頃、空が白み始めた。右側に広い草地がある。そこから大きな掛け声が響いてきた。毎日早朝、この広場で若者たちの武術訓練が行われているのだ。  清盛は馬を停めた。近頃の平家一門は武術などは野蛮な者のやる低俗な戯れだと蔑み、真剣に打ち込むものはいなくなっていた。そんな事をしている暇があれば和歌を詠んだり、蹴鞠をし、教養を深めるべきだと考える者がほとんどである。早朝武術訓練もおざなりで昔からやっている事だからとりあえずやっておくと考える者ばかりだった。そんな気の抜けた訓練など、わざわざ見る価値はない。それなのに清盛は、馬を停めた。訓練用の棒を振るい合う十六人の若者たち、その中でただ一人、清盛の眼を引く者があった。  清盛は望月の首を右に向け、広場に進んだ。訓練の監督官を務める清盛の弟平教盛の姿が見えた。教盛は床几に腰を掛け、短冊に筆を走らせている。訓練の監督などそっちのけで和歌を詠んでいるらしかった。  清盛は望月から降り、徒歩で教盛に歩み寄った。 「良い和歌はできたか」 清盛が声を発すると床几の上で教盛が飛び上がった。その手から筆と短冊を落とす。床几が倒れた。教盛が直立している。 「これはこれは、兄上」 教盛の声は裏返っていた。 「こんなに朝早くどうなされましたか」  清盛は顔をしかめた。教盛の着物から香が漂ってきたのだ。顔には白粉を叩き、着物に香を炊きつける。近頃、平家武士の主流はそうなっている。白粉と香の匂いを嗅ぐたび清盛は憤りを感じずにはいられない。清盛が描いた武士の治世という夢はほぼ実現した。その先に待っていた風景がこんなものであったとは、清盛は小さくかぶりを振った。
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