《二》

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 これは武士の治世ではない。かつて武士だった者が貴族に変わり治めている世だ。これでは前時代と同じ、否、前時代よりも低俗な治世になっている。清盛がそう気づいた時にはもう遅かった。平家一門の武士のほとんどは太刀を佩いて歩かなくなっていた。白粉と香を好み、連歌会の事ばかりを考える柔な男の集団と化していた。  だから清盛は時々無性に恋しくなる。獣のごとく猛々しい武の匂いが。今、この広場に足が向いたのは全身から噎せそうになるほど濃い武の匂いを発散させる男が視界の端に映ったからだ。遮那王なる義朝の息子をみたくなったのも、かの者に武の匂いを感じたからかもしれない。景清が左に、重盛が右にそれぞれ立った。 「あの若者は誰だ」 清盛は広場に眼をやり、教盛に訊ねた。広場では八対八の二組に分かれて模擬戦が行われていた。互いの後方に立てた旗を取った組の勝ち、そういう勝負だ。模擬戦の中で一人、異彩を放つ男が居たのだ。皆が白い狩衣姿の中、その男だけは赤く染めた直垂を着けている。体はそんなに大きくない。まだ少年の陰が浮かぶその顔には覇気が満ちていて、長刀を模した棒を縦横に繰り出し、次々相手を薙ぎ倒している。 「どの者ですか、兄上」 すがめた眼を広場に向けて教盛が言った。 「あの赤い直垂の」 「ああ、あれは私の次男、教経(ノリツネ)です」 「お前の倅か」 清盛が言うと、教盛が頷いた。 「齢十一になります。五歳頃から武張ったことばかりを好んでおりましてな。今日初めて、早朝訓練に連れて来たのです」  教盛の次男、教経が三人を同時に薙ぎ倒した。清盛が着目したのは教経の膂力ではなかった。教経が率いている七人の動きが眼を瞪るほど良いのだ。清盛はこの七人を何度か見た事があるが別人のように今朝の動きは鋭かった。教経が指示を飛ばし、七人を動かしている。
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