《二》

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 相手の呼吸の合間、そこを着実につき、教経の組は相手の組を圧し下げていく。 「お前が鍛えたのか」 清盛が訊くと教盛はかぶりを振った。 「弓や長刀など、今からの世ではほとんど役に立たぬ代物、嗜む程度で良いと幼い頃から言って聞かせておるのですがなぁ」 教盛の口調はのんびりしたものだった。清盛は腹に生じた苛立ちが顔に出ないように努めた。 「これからは学問の時代です。武術にかまけておらず書を読めと言っているのですが、あれは中々聞きませんでな、困っております。兄上からも一度言ってやってください」  教経の組が相手の旗を奪った。教経が旗を高く掲げ、左右に振った。教経の組の者たちが彼の名を連呼しながら右の拳を天に突き上げている。教経の組の若者たちはすっかり彼に心酔しているのが見ていてよくわかった。教盛がうるさそうに顔をしかめた。今朝の武術訓練はいつもの形式張ったものとは明らかに違っていた。全身に汗が浮くほどの熱が充ちていた。教経はまだ旗を振っている。清盛はその姿を見つめ続けた。赤い直垂に朝陽が反射する。眩しさに堪えられず清盛は眼を閉じた。  教盛に命じて教経を傍に来させた。肩に模擬刀を担いだ姿勢で教経が清盛の前に立った。 「こら、そんな態度で立つな」 教盛が叱責するも教経は模擬刀を下ろさなかった。鷹のように鋭い眼が清盛を見つめてくる。眉は濃くて長い。鼻梁は高く、この年齢にして堂々たる美丈夫だった。その口許には笑みが浮かんでいる。 「教経」  再び叱声を発しかけた教盛を清盛は右手で制した。 「良いものを見せてもらった」 清盛は言った。教経が笑顔を弾けさせた。屈託のない少年の顔が現れた。
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