《二》

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「お初にお目にかかります、清盛様」 教経が声を発した。清盛の腹にずしりとした重みが掛かってくる。魅入られてしまうような、たまらなく良い声だった。 「保元、平治と争闘を勝ち抜き、平家を安寧に導いた清盛様のご手腕に私は感銘を受け」  清盛は教経の顔の前に右手を広げた。教経が言葉を止める。 「教盛にそういう喋り方を命じられているのだな」 清盛は言った。 「気がねする必要はない。混じり気のない、お前本来の言葉を私は聞きたい。挨拶など飛ばせ。私にぶつけたい想いがお前にはあるのだろう。遠慮なく吐き出すがよい」  教経がにやりと嗤った。 「今の平家はなんですか、伯父上」 教経の言葉が砕けた。表情が悪童じみる。 「大路で顔の白い奴らを見るたび俺は吐き気がします。公卿にかぶれた連中に石でもぶつけてやりたいな」  教盛の顔に大量の汗が浮かんだ。清盛は満足感に充たされ、深く頷いた。 「すっきりしたか」 清盛は教経に言った。 「はい」 教経が頷いて、言葉を継いだ。 「伯父上に会えたら一度文句を言ってやろうと決めておりました。今の世を造ったのは伯父上ですから」 「の、教経。言葉を慎まぬか」 教盛が吃りながら言う。白粉を叩いた顔に幾重も汗の筋ができている。清盛は教経から懐かしい匂いを感じた。白粉や香などのものではない。久方ぶりに嗅いだ武士の香りはこの上なく嗅ぐ芳わしかった。ここに平家の将来を担う軍才が輝いている。自分の直感は正しかった。平教経、こいつは本物だ。 「教経、お前、馬に乗った事は」 清盛は教経に訊ねた。教経が首を横に振る。 「一度もありません」 教経が言った。 「乗りたいか?」 清盛が言うと、教経は眼を輝かせ、何度も頷いた。童らしさが色濃く滲み出す。
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