《二》

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「この三頭から選ぶがよい」 言って清盛は背後に手を向けた。景清が望月ともう一頭、重盛は己の馬の轡を取っている。 「あの栗毛に乗りたいな」 言って教経が望月を指差した。 「いかん、いかんぞ教経」 教盛が声を発し、慌てて教経の前に立った、 「その馬は兄上の愛乗じゃ。馬に乗りたいなら、あちらの木に私の馬が繋いである。それで我慢しろ」 「なぜ栗毛が良い」 清盛は教経に訊ねた。 「一番早そうだったから」 教経が言った。澄んだ瞳が清盛に向いた。 「それに、この栗毛は餓えているように見えます」 「ほお」と清盛は息をつき、言葉を継いだ。 「餓えているとは」 「何にかはわかりません」 教経が改めて望月に顔を向けた。 「この馬は何かを求めています。俺ならば求めるそれを与えてやれるような気がしたのです」  清盛は感嘆のため息を漏らした。教経の言う通り、望月はずっと求めている。その背に真の武士を乗せて駆けたがっているのだ。いつ頃まで自分は真の武士であっただろうか。清盛は考えた。登り詰めるほどに武士から遠くなったという気がしている。清盛は景清に目顔で合図を送った。望月を引いて景清が歩み寄ってくる。 「乗ってみろ、教経」 清盛は言った。屈託のない笑顔を教経が向けてきた。教盛を見た。顔の白粉はすべて剥げ落ち、土色の肌が露出していた。  模擬刀を右手に持った教経が鐙に足をかけた。鞍に登るその動きには一切の淀みがなかった。初めての騎乗にも関わらず馬を恐れていないのがよくわかった。教経が鞍に跨がった。その瞬間、清盛の眼に、はっきりと見えた。具足に身を固めた騎馬武者、平教経の姿が。  
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