《二》

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 清盛はずっと平家の行く末を案じていた。軍事の部分を担えるものが昨今の平家には居なかったのだ。その不安が少しだけ遠くなった。教経がこのまま成長すれば、反平家の旗が翻っても対抗できる。  はっ、と短い声が聞こえた。誰も教えていないのに教経は馬腹を蹴り、望月を駆けさせ始めた。教盛が右手を望月の尾に伸ばし、苦しそうに喉を鳴らした。教経と望月は気持ち良さげに清盛たちのいる場所を大きく巻きながら駆ける。 「兄上、申し訳ありません」 言って教盛が頭を下げた。 「とんだ跳ねっ返りでして、親である私も手を焼いているのです。後で言って聞かせますゆえ、数々のご無礼、何卒お許しを」  清盛は教経の動きだけを注視していた。望月の馬体と教経の赤い直垂が朝の光の中で実によく映えていた。  ひとしきり駆けて満足したのか、教経は望月の脚を速歩に落とし、こちらに近づいてきた。 「この栗毛、最高です」 顔を上気させて教経が言う。 「風です、俺は風になりましたぞ、伯父上」 「騎乗術を学んだ事があるのか」 清盛は馬上を見上げて訊ねた。気のせいか望月の毛艶がいつもより輝いて見える。 「ありませんよ」 言って教経は望月のたてがみに優しく触れた。 「さっき言ったでしょう。馬に乗るのはこれが初めてです」 「そのわりには見事な乗りこなしだった」 「体が勝手に動いたとしか言いようがありません」 教経が言って右手の模擬刀を見つめる。 「そう言えば、長刀も弓もそうだったな。誰から習ったわけではないのに気がつけば遣えるようになっていた」  清盛は込み上げてくる高揚感をぎりぎりで腹の内に抑え込んでいた。気を抜けば年甲斐なく雄叫びをあげてしまいそうだった。
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