《二》

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 ふいに清盛は教経を鞍馬山に同行させたくなった。その為には馬が一頭足りなかった。重盛も絶対に同行させたい。自分が死んだ後、平家の棟梁になる重盛には遮那王を見せておきたかった。 「景清よ」 清盛は言った。 「この場に残り、訓練の手伝いをしろ。重盛と教経は私についてくるのだ」  景清の表情が少しだけ動いた。一瞬だけ不満の陰をよぎらせたが、景清は何も言わなかった。清盛は景清の馬の鐙に足をかけた。 「この栗毛に乗っていっても良いのですか」 教経が声を弾ませた。 「望月という」 「望月」 教経が清盛の言葉を反芻する。望月が鼻面を振り、小さく嘶いた。清盛の眼には望月が教経に よろしくなと言っているように見えた。  三頭並べて市壁沿いを速歩で進んだ。 「望月が気に入ったか、教経」 清盛は教経に訊ねた。 「そうだな、俺はこいつが好きだし、こいつも俺の事を好いてくれているという気がします」 教経が言って望月の首裏を撫でた。 「私もそう思う」 清盛は言った。 「望月の眼がいつも以上に輝いている。お前を背に乗せる事で軍馬としての魂が甦ったようだ」 「共に風になれる相棒、最高ですね」 教経が言った。その左手は首裏を撫で続けている。 「いつか俺も望月のような馬を所有してみたいものです」 「望月をお前にやっても良いのだが、もうこの馬は十五歳を過ぎている。近々隠退だ」 「そうなんだ。お前、老人なんだな」 そう言って教経が望月の耳に触れた。その左手を望月は優しく噛もうとした。嗤って教経は左手を引き、望月の歯を避ける。 「六波羅の館に去年生まれた望月の仔がいる。同じ栗毛で名は光月。この仔馬をお前欲しいか」 「頂けるのであれば、是非」 教経の声に熱が篭った。 「望月の仔なら、疾風のごとく早いのでしょう。その光月を今から馴らしていきたいです」
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