《二》

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 大男の全身から殺気が立ち昇る。大音声が止むと葉擦れの音がやけに鮮明になった。一瞬の静寂の後、重盛があっと声を上げた。模擬刀を肩に担いだ教経がゆっくりと石段を登り始めたのだ。 「教経殿」 声を発した重盛が前に出ようとする。清盛は右手を出して重盛を制した。大男が巨眼を回し、教経を睨み下ろした。最初から教経の歩調は変わらない。ゆっくりと力強い足取りだった。薙刀の間合いに入ったら最期、ただの脅しではないだろう。傍に寄れば迷いなく大男は薙刀を振り下ろす。が、清盛は何故だか教経を心配する気持ちは沸いてこなかった。将来平家を背負って立つ男がこんな所で死ぬわけがない。もしここで薙刀で両断されてしまえば、私の眼が節穴だっただけの事、清盛はここで平家の将来を占おうという気分になっていた。  大男の三段下に教経が達した。大薙刀の石突きは地から浮いている。大男が右腕を横に振れば教経の首は飛ぶ。 「童っぱなら斬られぬと高を括っているのか」 先ほどまでの大音声から一変、大男の声は低かった。その分、殺気が色濃くなっている。 「その肉が旨そうに見えてね」 無邪気な声で教経が言って、大男の足下、竹皮の上に積まれた鳥肉を指差した。 「肉だと」 大男が頓狂な声を発した。口がへの字に曲がっている。大男の身を覆っていた殺気が薄くなった。 「お坊、ひとつもらいますぞ」 言って教経は一段飛ばしで石段を駆け上がり、大男の足下にある肉を掴んだ。 「おお、これが鳥の肉か。初めて食ったが旨いな」  教経が鳥肉を咀嚼する音が聞こえてきた。大男は呆気に取られたように口を半開き、教経を見つめている。やがて、大男は呵呵大笑を響かせた。 「愉快、実に愉快だ」 大男が再びの大音声をあげた。 「童っぱ、名は」 「教経」 教経が鳥肉を口に含んだまま応える。 「平教経と申す。お坊は」 「弁慶」 大男が言った。 「武蔵坊弁慶という」
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