《一》

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 死んでいる男の首を落とす。木の枝を切る行為と何ら変わらない。にも関わらず、砂浜に上陸した清盛の配下たちは為朝に近づくことさえできず、太刀を構えたまま木偶のように砂の上でただ立っている。意気揚々と為朝に近づいていった伊勢の武士加藤景廉も長刀を構えたまま、為朝の前で動けなくなっている。清盛は苦笑した。七人もの男がすでに絶命した為朝を囲んでいるだけで、近づくことさえできないでいる。実に情けない。清盛は右手を上げた。隣にぴたりと付いている平景清があるかなきかの反応を示した。  八挺櫓の宋船が海面を滑るように前進していく。為朝の屍体を囲む輪は動かないどころか先ほどよりも遠巻きになっていた。船底が砂を噛む。船べりから砂浜にぶ厚い板が二本渡された。清盛は板に足を踏み出した。ついて来ようとする景清を右手で制した。 「動かぬものを切り落とすだけだ」 清盛は言った。 「ならば、私が」 言って景清が一歩前に出ようとする。清盛の右手が景清のどこかに触れた。景清が立ち止まり、清盛の横顔を見つめてくる。 「私が落とす。そうするべきなのだ」 言って清盛は砂浜を見た。早く来い。立ったままの為朝がそう呼び掛けているような気がした。  清盛は板を歩き、浜に降りた。ゆっくりと進んでいく。郎党の一人が清盛に気づき、直立した。清盛は郎党の輪に近づいた。加藤景廉の背中に触れた。景廉が振り返り、はっとした表情を浮かべる。 「天下の大罪人がどんな面をしているのか、じっくり拝んでから首を斬ってやろうと思いましてな」 暑苦しい髭面を歪ませて景廉が言った。清盛はやんわりと景廉を押し退けて、歩を進めた。両手でしっかりと握った太刀を腹に突き立てた為朝と対峙する。為朝の足下、小さな体がうつ伏せに倒れていた。童の屍体だ。口許が微笑んでいるように見える。島で生まれたという為朝の息子なのかもしれない。
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