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眼鏡の効果
「ふぅ、なんとか間に合った……」
結局、朝礼の二分前に到着することができた。いつもは十五分前には着いて、朝礼が始まるまで予習をしているのだが、今日はそんな余裕はなさそうだ。自分の席について、鞄から教科書とノートと筆記用具を取り出す。そうこうしていると、先生が教室に入ってきた。
「皆さん、おはようございます。出欠をとりますよ」
──あら、今日は担任の先生じゃないのかしら?
いつも朝礼は担任のスミス先生が来るのに、今日は違う先生がやって来たようだ。お化粧ばっちりの華やかなスミス先生とは対照的に、可もなく不可もない感じの先生だ。髪や目の色は先生と同じだけれど、印象が全く違う。
──でも、こっちの先生のほうが話しやすそうだわ。
私はなんとなくその先生に親近感を持った。
◇◇◇
お昼休憩の時間。食堂でランチをとりながら、私は非常に困惑していた。
今日の学院は何かおかしいのだ。
朝からずっと、いつもの先生とは違う先生が授業をしている。そして、なぜかみんな髪や瞳の色や背格好はいつもの先生と同じで、顔だけ違うのだ。
しかも、みんながみんな、さして特徴のない、いわゆるモブ顔をしているのが不思議すぎる。一体どうしたと言うのだろうか。まさか、いつの間にか私だけ並行世界に転移してしまったとか?
いやいや、そんな馬鹿なことがあるはずない。すぐこういう発想になってしまうのは、私の悪い癖だ。空想小説の読みすぎだろう。でも、あまりにも不可解で、まるで魔法にでもかけられたようだ。
……ん? 魔法?
そういえば、あのおじいさんから譲ってもらった眼鏡は魔道具だって言っていたような……。しかも、周りが普通に見える眼鏡だと。
──この眼鏡のせいかもしれない……!
私はパッと顔を上げて辺りを見回してみた。
授業中はクラスメートは後頭部しか見えていなかったし、食堂に来る途中も、輝かしい他の生徒たちと目が合わないようにずっと下を向いて歩いていたので気がつかなかったが、よくよく見てみると、他の生徒たちも全員が凡庸な顔立ちになっている。いつもは学院に漂う空気にもキラキラと輝く星や、色鮮やかな花々の幻が見えていたのだが、今はそれも消えている。
どんなに目を凝らしても、普通の食堂で、普通の生徒たちが、普通に昼食を食べているようにしか見えない。
最初は「普通の視力で見える眼鏡」なのかと思っていたが、これはきっと「人が普通顔=モブ顔に見える眼鏡」であるに違いない。
──それって、なんて素敵なの!!
この眼鏡をかけていれば、これまでは口下手で挙動不審だった私も、他の生徒たちの麗しさに気後れすることなく、家族やぬいぐるみと話す時と同じように、スムーズに会話できるはず。
だって、何のオーラも感じないモブ顔なら緊張なんてするはずもない。なぜか視力まで底上げしてくれるようだし、これはもはや私のために作られた魔道具としか思えない。
──おじいさん、素晴らしい魔道具をどうもありがとう!!
私は心の中でおじいさんに感謝した。そういえば、あの時はおじいさんも平凡な顔に見えていたけれど、それも眼鏡の魔法の力によるもので、もしかしたら風格のある渋いおじいさんだったかもしれない。どこにでもいそうな顔のおじいさんだなんて失礼なことを言ってごめんなさい……と、お詫びも追加しておいた。
◇◇◇
午後の授業や休憩時間は、ひたすら周りの様子を伺ってみた。
みんながモブ顔だと見分けがつかなくて大変かなと思ったが、顔の造作以外は変わらないので、髪と瞳の色や声、体型などで、先生やクラスメートたちは誰が誰だか何となく見分けがついたので安心した。それ以外の人たちは、まあ話す機会もないだろうし気にしなくてもいいだろう。
魔法の眼鏡の効果を確かめた私は、今日は様子見で終わることにし、明日からはクラスメートたちに話しかけてみようと決意した。
放課後になって寄り道もせず帰宅した私は、喜び勇んでお父様のいる書斎へと向かった。
「お父様、ただいま!」
「ローラ、おかえり。ずいぶんとご機嫌だね」
優しく笑いかけてくれたお父様は、とても平々凡々とした顔だった。
うーん、家族が普通の顔に見えるのは、なんだか落ち着かないような変な感じだ。家では魔法の眼鏡ではない予備の眼鏡をかけることにしよう……。
私はモブ顔になったお父様に笑顔で答えた。
「今日はちょっといいことがあったの。明日はお友達が作れそうな気がするわ」
「それは良かった。きっといいお友達ができるよ」
「うん、学院に行くのが楽しみだわ!」
学院に行くのが楽しみだなんて、こんなこと一度も言ったことがない。お父様は普通の顔だけどとても嬉しそうな表情をして頭を撫でてくれた。
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