今日のローラは絶好調

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今日のローラは絶好調

 翌日、私は張り切って学院へと出かけた。  入り口の門をくぐり、校舎に入り、廊下を歩く。道ゆく生徒や先生たちが皆いつものキラキラを放つこともなく、何の主張もない顔をしていて、私は喜びに打ち震えた。  ──できる! 今日の私ならできるわ! クラスメートへの朝の挨拶を……!  私は自分のクラスの扉を開けると、近くにいた赤い髪色の女子生徒に笑顔で声をかけた。 「おはよう!」  赤い髪の女子生徒は──たぶんバーバラ・アップルトンという名前の子だと思うが、一瞬驚いた表情を見せた後、笑顔で挨拶を返してくれた。 「おはよう、グラフトンさん」  ……ああ! 笑顔で挨拶を交わし合うって、なんて素晴らしいんだろう! 私もとうとうリア充の世界へと一歩を踏み出したのだわ!  周りが少し騒めいているような気もするけれど、みんなモブだと思えば大して気にならない。私はにこやかな笑顔を保ったまま自分の席に着いた。  今日の私は、自分で言うのもなんだが絶好調だった。数学の授業では、板書された問題を解くよう指名されても手が震えることなく滑らかな字を書けたし、国語の授業では最初から最後までどもらずに朗読できた。音楽の授業では声が裏返ることもなく上手に歌えたし、美術の授業では自分から似顔絵のペアを見つけて声をかけられた──けど、相手の似顔絵がモブ顔になってしまったので絵心はないと思われてしまったかもしれない……。周りの人たちが微妙そうな反応をしていたけど、ペアになった子が「私って大体こんな顔だもの!」とフォローしてくれた。優しい子だ。  そしてランチの時間になり、食堂へ行こうとした時、朝に挨拶をしたバーバラ・アップルトンさんと、似顔絵を描いたモニカ・ウィリアムズさんが話しかけてきた。たしか二人とも私と同じ伯爵令嬢だったはず。 「グラフトンさん、よかったら一緒に食堂に行かない?」  これはまさか……かの有名なランチのお誘いでは? まさにお友達を作る絶好のチャンス!  私はぬいぐるみと練習した会話のシミュレーションを思い出しながら、笑顔で答えた。 「ぜひご一緒させて! 私のことはローラと呼んでね」 「ありがとう、ローラ。あたしもバーバラって呼んで」 「私もモニカと呼んでほしいわ」  なんというスムーズな会話……! 私にもやっと名前で呼び合えるお友達ができたわ……!  感動のあまり叫びだしたい衝動を抑え、三人揃って食堂へと向かう。こうやってお友達と並んで食堂に行くのもずっと憧れていた。きっと今の私たちは仲良し三人組みたいに見えていることだろう。  食堂について、みんなで日替わりランチを頼むと四人席へと座った。バーバラとモニカが並んで座り、私が向かいに座ると、さっそく二人が話しかけてくれた。 「あたし、ずっとローラと話してみたかったんだ。今朝挨拶してもらえて嬉しかったよ」 「私も美術の授業で声をかけてもらえて嬉しかったわ」 「今まではローラのこと、一人でいるのが好きなのかなって思ってたんだけど、違ったみたいだね」 「私もそう思ってたわ。けど、今日はローラから話しかけてくれたから、お友達になれるんじゃないかと思って」 「……え? 私とお友達になりたいって思ってくれてたの?」  二人からの意外な言葉に、私は心底驚いた。みんな、私のことなど地味で様子のおかしい生徒くらいにしか思っていないだろうと考えていたからだ。 「うん。だってローラって見ていて可愛いんだもん。顔を真っ赤にしながら一生懸命やってる感じがさ」 「そうそう。もじもじしている仕草がいじらしくて放っておけないっていうか」  二人とも、私のおかしな挙動をそんな前向きに捉えていてくれてたなんて……。人って話してみないと分からないものね。そんな風に思い、これまでずっとキラキラに耐えられないからといって俯いて過ごしていたことを後悔した。  それからは、自分の家族構成や趣味などを教え合ったり、今度一緒に遊ぶ約束をしたりして、これまでの学院生活で一番楽しいランチ休憩になった。今までは休憩時間なんて早く終わればいいと思っていたのに、今日はあまりにもあっという間に過ぎてしまって名残惜しく感じた。 「それにしても、ローラって本当に本が好きなんだね。ちょうど今日、ローラが好きそうな本が図書室に入荷されるから見てみたらどうかな?」  食堂から教室に戻る途中でバーバラが言った。バーバラは図書委員なのだ。実は私も図書委員になってみたいとは思ったのだが、委員会でみんなで話し合ったり、本の貸し出しなどで他の生徒とやり取りするのが無理と思って諦めた。でも本は好きなので、図書室にはしょっちゅうお世話になっている。誰とも──本を借りる時に図書委員の人とすら、話さないけれど。 「知らなかったわ。教えてくれてありがとう。放課後に行ってみるわね」  まだ新しく読み始めた『星影の峡谷』が途中だけど、新入荷の本もチェックしておきたいし、面白そうな本だったら借りたいので、放課後は図書室に寄ってみることにした。
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