エリックからの誘い

1/1
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

エリックからの誘い

 それからあっという間に二ヶ月が過ぎたが、まさに夢のような日々だった。毎日、授業に生き生きと参加でき、休憩時間はバーバラとモニカと一緒に過ごし、学院に通うのが本当に楽しい。休日には三人で街へと出かけてクレープを食べたり、お揃いのブレスレットを買ったりもした。おやつを食べるのも、買い物をするのも、一人のときよりもずっと心が満たされる。他愛もないお喋りをするのも、読書と同じくらい好きになった。  そうやって仲良しの友達と過ごすうちに、他のクラスメートたちも気軽に話しかけてくれるようになった。女子だけでなく、男子からもよく話しかけられるようになり、クラスに溶け込めているのを実感して嬉しくなる。  本好き仲間のエリックとも、ずいぶんと仲良くなった。毎週火曜と木曜の放課後は図書室に行って彼とお喋りするのが日課になっていた。最近読んだ本の感想を言い合ったり、二人で『星影の峡谷』のストーリーを考察したり、図書室の本棚の整理を手伝ったり、エリックは頭がいいので私が授業で分からなかったところを教えてもらったり。  彼はとても穏やかで包容力があって、彼と一緒にいると心が安らぐ。これはバーバラやモニカと一緒にいるときの心が弾むような気持ちとはまた違った感情で、なんとも不思議だ。それに、モブ顔に見える眼鏡をかけているはずなのに、エリックの顔はなぜだか特別印象的に見える。まさか魔法の効果が切れそうなのではと思ったが、他の人は相変わらず究極の普通といった顔にしか見えないので、眼鏡が壊れそうな訳ではないようだった。  そんな風に、憧れのリア充生活を満喫していた私は、今日も木曜の日課の図書室訪問にやって来ていた。 「やあ、ローラ。いらっしゃい」 「エリック、今日は何かお手伝いすることはありますか?」 「ううん、今日は大丈夫。ありがとう」  エリックは他に誰もいなくて暇なのか、カウンターから出てきて出迎えてくれた。 「今日はローラに見せたいものがあって」 「あら、何でしょう?」 「ほら、これ」  そう言ってエリックは胸ポケットから二枚の紙切れを取り出した。 「これ……、ミーシャ・ヘドウィグの個展のチケット!?」  なんと、『星影の峡谷』の挿絵画家であるミーシャ・ヘドウィグの個展のチケットだった。彼女の絵はとても緻密で繊細な筆致と独特の構図が特徴で、大ファンである私はつい興奮して大きな声を立ててしまった。 「そうだよ。ちょうど二枚手に入ったから、一緒に行かない?」 「いいんですか? ぜひ行きたいです! でも……二人だけで?」 「うん、二枚しかないからね。……僕と一緒は嫌?」 「いえ、そんなことないです。ちょっと緊張しそうだと思って……」 「はは、大丈夫だよ。今までだってずっと図書室で二人きりだっただろう?」 「た、確かに……」  言われてみれば、図書室ではずっとエリックと二人きりだった。今までエリックと過ごした時間を思い出す。すると、なぜか急に恥ずかしいような気がしてきた。一体どうしたというのだろう。この眼鏡をかけてからは、緊張や恥ずかしさとは無縁だったはずなのに。どんどん顔が熱くなっていくのを感じる。  そんな私を見たエリックはどこか満足そうな顔で微笑んだ。 「来週の日曜は空いてる?」 「は、はい……」 「よかった。それじゃあ僕がローラの家まで迎えに行くよ。楽しみにしてる」 「は、はい……」  魔法の眼鏡をかけているのに、私はなぜか俯いたまま顔を上げられず、まともに言葉を返すこともできないのだった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!