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初めての恋バナ
次の土曜日。私はバーバラと一緒にモニカの家へと遊びに来ていた。モニカが飼っている猫を見せてもらう約束をしていたのだ。モニカの部屋でソファに腰掛け、代わる代わる猫を抱かせてもらいながらお喋りを楽しむ。
「あ〜、あたしも猫飼いたいなぁ! ローラもそう思わない?」
「え、ええ、美味しかったわよね……」
ちょっとボーッとしていてよく聞いていなくて、当てずっぽうで返事をしたら、バーバラとモニカが驚いたような心配そうな顔で見つめてきた。
「ローラ、大丈夫? 昨日から様子がおかしいよ」
「ええ、いつもと違って上の空というか……」
自分では普段通りに過ごしていたつもりが、どうやら友達を心配させてしまうほどの有様だったらしい。でも、原因は分かっている。エリックだ。
今まで彼のことを、同じ本好き仲間で気の合う先輩だと思っていたのに、一昨日お出かけに誘われたとき、エリックは男の人で、今までずっと図書室に二人きりで過ごしていたんだと気づいたら、どうしようもなく恥ずかしいような、幸せで満たされるような、よく分からない気持ちになってしまった。
エリックのことを考えるだけで、きゅうっと胸が締め付けられるような気持ちになって、これではまるで恋愛小説の主人公のようではないか。そんなはずはない、私は魔法の眼鏡をかけているんだから、そんな気持ちになる訳がないのに。そうやってぐるぐると考えてしまって、何も頭に入らなくなってしまうのだ。
「ローラ、悩みがあるなら聞くよ」
「私たち、お友達でしょう?」
バーバラとモニカが気遣わしげに声をかけてくれる。二人になら相談してみてもいいかもしれない。このよく分からない気持ちを教えてくれるかもしれない。そう思って私は、魔法の眼鏡のことは内緒にしつつ、エリックとのやり取りと、それ以来胸が苦しくなるような気持ちになることを二人に打ち明けた。
「あ〜、なるほどね〜」
「ローラって、本当に可愛いわね」
私の話を聞いた二人は、なぜか幼い子供を慈しむような優しい眼差しをして頷き始めた。そして、バーバラが私をビシッと指差して言う。
「ローラはエリック先輩のことを異性として気にしている。つまり、恋しているってこと」
「ええっ! 恋!?」
恋って、何をしていても好きな人のことが頭から離れなくて、その人のことを考えると胸がドキドキして、いつも会いたくて仕方なくなるという、あの恋……?
まさか魔法の眼鏡をかけている私が恋だなんて信じられないけれど、この気持ちが恋だとすると納得がいくような気もする。
「エリック先輩は顔だけじゃなくて、内面も基本的には素敵な人だよ。ローラともお似合いだと思う!」
バーバラは同じ図書委員だからか、エリックのことをやたらと推してくる。私は魔法の眼鏡をかけているから、エリックの顔がどうなのかは分からないが、内面が素晴らしいことは知っている。バーバラの言う「基本的に」というのが変な言い回しで気になるけれど。
「自分の気持ちに確信が持てないなら、来週のデートで確かめればいいんじゃないかしら」
「で、デート!?」
なんということだろう。好きな画家の個展に男女二人で出かけるというのは、よく考えなくてもデートである。どうしよう。楽しみなのは間違いないのに、急に恥ずかしさが増してきた。
「デートって、どうすればいいの……? 自信がない……」
「ローラは可愛いんだから大丈夫!」
「そんな……私なんて地味でしょう?」
「何言ってるの! あたしはローラの亜麻色の髪や、湖みたいな瞳が綺麗だなっていつも思ってるよ」
「そうよ。ローラは顔立ちも可憐だし、仕草も上品で愛らしいわ。最近はクラスの男子にも人気があるのよ」
どこまで本当か分からないけれど、私を勇気づけようとしてくれたことが嬉しくて、二人に笑顔でお礼を言った。
「ありがとう。私、頑張ってデートしてくる」
「ええ、応援してるわ」
「じゃあ、あたしからアドバイスを一つあげる」
「アドバイス?」
「そう、デートの日はその丸眼鏡をやめて、接触眼鏡にすること!」
「ええっ!?」
私は一瞬、魔法の眼鏡のことがバレたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「デートはオシャレが大事だよ。眼鏡を外したら、きっとエリック先輩も喜ぶと思う!」
「そうね。眼鏡を外したら、きっともっと可愛くなるわ」
つまり、この丸眼鏡はダサいから外したほうがいいと……。言いたいことは分かるが、これはただの眼鏡じゃなくて、魔法の眼鏡なのだ。これをかけないと、きっとまた上手く話せなくなる……。
でも、それと同時に、最近もう一つの思いも芽生えていた。バーバラやモニカ、そしてエリックとよくお喋りするようになってから感じていること。
みんなは本当はどんな顔立ちで、どんな表情をしているのだろう?
私だけが本当の顔を知らない。それって何だか寂しい。
以前は、人と緊張せず普通に話せて、親しくできる友達が作れたら、顔なんてみんな無個性のお面のようなもので構わない、むしろそれがいいとさえ思っていた。それなのに、今はそれでは物足りないと思ってしまうのだ。相手をもっとよく理解したい、色んな表情を見てみたい、私にだけ見せてくれる顔を知りたい。渇望にも似た強い思いが心に湧くのを感じる。
「眼鏡、外してみたいな……」
ぽろりとこぼれた言葉はきっと、紛れもない私の本心だ。
「うん! それがいいよ!」
「眼鏡を外したローラが早く見たいわ!」
バーバラとモニカが嬉しそうにはしゃぐ。私は、家に帰ったらさっそくお父様にお願いしてみようと思った。
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