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初めてのデート
そして瞬く間に時は過ぎ、ついにデート当日になった。
金曜にコンタクトをつけて学院に行った時、緊張したのは最初だけで、クラスメートたちともすぐ普通に顔を見て話をすることができた。顔がモブから少し進化しただけで、中身はいつものみんななんだと思えば、何てことはなかったのだ。だから、エリックとも普通に会話できるはずだ。
とは言え、デートというものが初めてなので、昨日の夜はドキドキしてしまってよく眠れなかった。朝起きてからも、なんだかソワソワして落ち着かない。家族揃って朝食をいただいている時もつい溜息をついてしまった。
「ローラ、どうした。具合でも悪いのか」
「ううん、大丈夫。ちょっと緊張してるだけ」
「ならよかった。今日は先輩と出かけるんだろう? 準備は済んだのか?」
「ドレスは選んだから、食事が済んだら着替えるわ」
「馬車を使うかい?」
「ううん、今日はエリック先輩が迎えに来てくれるから」
「そうか、エリック先輩が……ん? エリック? まさか男の先輩なのか!?」
突然、お父様が不満げな顔になって文句を言い出した。どうやら、女の先輩と出かけるのだと思っていたらしい。まあ、私がちゃんと言わなかったのだけど。
「男子生徒と二人で出かけるだなんて、ローラにはまだ早い!」
「あなた、こういうのもローラには大事な経験よ」
「そうは言っても、どこの馬の骨とも知れん奴にローラは任せられん! ローラ、その男子生徒はどういう子なんだ」
「えっと、最上級生で、とても頭が良くて、図書委員をされていて仲良くなったの」
「図書室で目をつけられたか……まったく、どこの家の子だ」
お父様がぷりぷりしていると、お兄様が割って入ってきた。
「なんだ、図書委員のエリックなら、グレンジャー公爵家の嫡男だろ。ローラ、やるじゃん」
今年卒業したばかりのお兄様が衝撃の事実を告げる。
「え、グレンジャー公爵家……?」
グレンジャー公爵家と言えば、四大公爵家の筆頭で、宰相やら大臣やらを何人も輩出している文官の超名門だ。
エリックは自己紹介した時も家名を名乗らず、それからも何となくはぐらかそうとしている雰囲気を感じていたので無理に尋ねはしなかったのだが、そんなに立派な家門のご子息だったとは……。お父様とお母様もお互いに顔を見合わせながら、心底驚いている様子だ。しばらく沈黙が続いた後、お父様がゴホンと咳払いして言った。
「ローラ、くれぐれも失礼のないようにな。母さん、後で身支度を手伝ってあげるといい」
「そ、そうね。ローラ、思い切り可愛くしていきましょう」
私は苦笑いで頷いた。
◇◇◇
それから身支度を整えて居間で迎えを待つことにした。もうすぐ来るかしらとドキドキしていたら、私よりも緊張した様子で意味もなく部屋の中をウロウロと歩き回っているお父様を見て、少し冷静になった。
「あなた、少しは落ち着きなさいな」
「お父様、埃が立つので座ってください」
お母様とお兄様にもたしなめられ、お父様はしょんぼりとしてソファに腰掛けた。
すると、ちょうどベルの音が鳴り響き、執事が来客を告げた。
「グレンジャー公爵家のエリック様がお見えです」
ソファに腰を下ろしたばかりのお父様がすぐにまた立ち上がる。家族揃って玄関ホールへと向かい、エリックを出迎えた。
「ご家族の皆様、出迎えていただきありがとうございます。エリック・グレンジャーと申します。ローラさんと外出する許可を出してくださったこと、感謝いたします。無事に送り届けますのでご安心ください」
エリックがにこやかに挨拶をしてくれたが、私は彼を直視できずに俯いている。だって、遠目で見えた彼の顔がびっくりするほど綺麗だったのだ。それに一度目を合わせたら、私の顔が一瞬で茹で上がってしまいそうで、恥ずかしくて顔を上げられない。クラスメートとはすぐに緊張せず話せたのに、どうしてだろう。ひとまず、馬車に乗るまでには何とか心を落ち着けなくては。
「こちらこそ、迎えに来ていただいてありがとうございます。今日は娘をよろしくお願いします」
一言も発しない私の肩に手を置いて、お父様が挨拶をする。
「それでは失礼します。さあ、行こうか」
エリックはとても自然に私の手を取り、馬車までエスコートしてくれる。初めて手を繋いで知ったエリックの手の温かさに、胸の高鳴りが激しさを増す。ダメだ、このままでは心臓発作でも起こして倒れてしまうのではないだろうか。
私はとりあえずエリックには目の焦点を合わさず、深呼吸を繰り返しながら、心を無にして馬車に乗った。スプリングのきいたソファにエリックと向かい合って座ったところで、意を決して顔を上げると、微笑む彼と目が合った。くせのないサラサラの銀髪に、夜空のように美しい藍色の瞳。中性的な麗しい顔立ちで、涼しげな目は優しく私を見つめている。
「ローラ、眼鏡を外したんだね。あまりに可愛くて驚いたよ」
「……はい、コンタクトに変えて……」
「眼鏡姿も素敵だったけど、こっちのほうが好きだな。ドレスもよく似合ってる。こうして制服じゃない格好で会うのは新鮮な気がするよ」
「……ありがとうございます、そうですね……」
ダメだ。やっぱり緊張してうまく話せない……。ただでさえ、予想外に立派な出自と綺麗な顔にびっくりしてしまったのに、図書室で話す時とは違う甘い言葉に、頭がクラクラしてしまう。どうしてもエリックを直視できずに俯いていると、エリックが悲しそうに言った。
「……もしかして、ずっと家名を伏せていたことを怒ってる? 内緒にしていてごめんね。畏まって距離を置かれたくなくて……」
「ち、違います! 今日のエリックがあまりに素敵だから、恥ずかしくなってしまって……。失礼な態度をとってごめんなさい……」
辛そうなエリックを見たくなくて、思わず顔を上げて本音を言ってしまった。すると、エリックはとても嬉しそうな顔で笑った。
「僕を見て、照れてくれたの? 嬉しいな」
こんなエリック、私の知っているエリックじゃない。でも、まるで恋人に対するような言葉や振る舞いが砂糖のように私の心に甘く沁み渡って、幸せでたまらない気持ちになる。もっと彼に近づきたい。もっと触れてみたい。そんな欲が生まれてくるのを止めることはできなかった。
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