ローラは恥ずかしがり

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ローラは恥ずかしがり

「はぁ、今日もクラスの人たちと上手く話せなかったわ……」  私、ローラ・グラフトンは私室のベッドに腰掛け、お気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめながら溜息をついた。  十三歳で入学した王立ソフィア学院に通学することはや三年。しかし私は未だにクラスメートと打ち解けることができずにいた。  王侯貴族の子女が通うソフィア学院は、どの令息令嬢も明るく爽やかでキラキラと輝いている。心に余裕があり、社交を楽しみ、勉学もそつなくこなす、現実(リアル)が充実している人々──いわゆる「リア充」だ。  対して私はと言えば、特徴のない薄茶色の髪に水色の瞳、顔もきっと眼鏡が本体だと思われているだろう。  行動も地味そのもので、休み時間は一人教室の片隅で本を読み、友達がいないので授業でペアを組む時はいつも私だけ余って先生と組むか、どこかのペアに混ざらせてもらったり、放課後も誰かと一緒に残ってお喋りをしたり、遊びに行ったりすることもない、華やかさとは無縁の人生を送っている。  別に、孤高を気取っている訳ではない。周りの人たちがあまりにも素敵すぎるので、恥ずかしがりの私は気後れしてしまって、まともに顔も合わせられず、なかなか交流を持つことができないでいるのだ。  そして一人でいるのは暇なので、読書をしたり勉強に励んだりしていると、周りも声を掛けづらくて余計に仲良くなれる機会を失うという悪循環。まあ、読書も勉強も好きだからいいのだけど。……でもやっぱり友達も欲しい。  今日も、せっかくクラスメートと話す機会があったのに、全然上手に話せなかった。家族やぬいぐるみとは緊張しないで話せるのに、学院に行くとまるでダメなのだ。恥ずかしがりの性格が本当に恨めしい。  私はクマのぬいぐるみを相手に、毎日の日課となっている「今日ダメだった会話のシミュレーション」を始めた。 「グラフトンさん、今年の文化祭の出し物は何がいいと思う?」 「最近、街で流行っているというクレープ屋さんをやってみたいなと思ってるんです」 「まあ、素敵ね! 私もこの間食べてみたの! バニラアイスとベリージャムのクレープが美味しかったわ」 「美味しそうですね。私はグレープフルーツとヨーグルトソースのクレープが気になってたんです!」 「それもいいわね。今度一緒に食べに行きましょうよ!」 「ええ、ぜひご一緒させてください!」  ……ほら、シミュレーションなら流れるように会話ができるのに、どうして本番ではこの会話力が発揮できないのだろう。ちなみに、実際の会話はこうだった。 「グラフトンさん、今年の文化祭の出し物は何がいいと思う?」 「え、あの、だ、だし……?」(目線を逸らしながら) 「文化祭の出し物よ」 「へあ、わわ私は、なん、なんでも……」(俯きながら) 「何でもいいの?」  ブンブン!(首を縦に振る音) 「あら、そうなの。ありがとう、じゃあね」  ……とまあ、ざっとこんなものだ。  何一つまともな返事ができていなくて、思い出すだけで悲しくなる。こんなに会話に難のある私に話しかけてくれるなんて本当にありがたいのに、小粋なトークは無理でも、せめてつっかえずに言葉を返せるくらいにはなりたい。そう思って毎日こうしてぬいぐるみと向かい合って練習をしているのだけれど、道のりはあまりにも険しい。  そうやってまた落ち込んでいると、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。 「ローラ、入ってもいいかな?」  お父様だ。夕食の時間にはまだ早いけれど、何か用だろうか。 「はい、どうぞ」  私が返事をすると、お父様がにこにこと笑顔で入ってきた。何か背中に隠し持っているようだけど、あれはまさか──。 「ほら、ローラが欲しがっていた『星影の峡谷』が手に入ったぞ」 「お父様、ありがとう! すごく読みたかったの!」  『星影の峡谷』は外国の作家による長編小説で、幻想的な世界観と繊細な情景描写、さまざまな登場人物の思惑が絡まり合う複雑なストーリーで大人気のベストセラーだったが、翻訳版の数が少なく、なかなか入手が困難だったのだ。  ずっと読みたいと思っていた憧れの本が手に入って、私は満面の笑みでお父様に抱きついた。  お父様は私の頭をひと撫でして、さっそく本を手渡してくれる。    ああ、こんなに希少な本が私の手に……。装丁も題字もとても凝っていて素敵だ。早く読みたくてうずうずする。 「ローラは、本のこととなると幼い子供のようだな」  お父様が目を細めて言う。 「……本には自分の感情を素直に出せるから楽しいの」 「周りの人にもそうやって接したら、きっとすぐに仲良くなれる。こんなに可愛い子なんだから」  お父様がまた私の頭をポンポンと軽く撫でた。お父様は外で上手く話せない私が心配なせいか、こんな風にすぐ子供扱いするのだ。もう十六歳だというのに。でも、十六歳にもなってそんな心配をかけているほうが恥ずかしいかもしれない。 「……明日は頑張って話してみるわ」 「大丈夫、ローラならできるよ」  そう言って、最後にまたポンポンと私の頭を撫でて、お父様は部屋を出て行った。 「明日こそ、ちゃんと話せるといいんだけどな……」  私は、革とインクのいい匂いのする『星影の峡谷』を胸に抱いて、小さく呟いた。
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