3章

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         *  僕と涼音の関係を簡潔に説明するのは難しい。  友達だけど、それ以上の関係な気もするし、僕の心の持ちようによってはそれ以下にだってなり得る。  だから、修学旅行の新幹線の座席が男女混合なのが、僕と彼女だけな理由をクラスメイトに説明のしようがなかった。単に彼女はいつものノリで、空席だった僕の隣を選んだだけ。僕も断る理由なんて無いのだから、思春期特有の羞恥心に蓋をするだけだった。  盗み見る視線を色んな角度から浴びて、中には羨望(せんぼう)的なものや、敵対的なものすら感じる。  幸いなことといえば、普段から彼女と行動することが多いから、こういった物珍し気な目で見られるのに慣れてしまったことだ。 「それにしても、高校の修学旅行で京都ってどうなのよ」  前方の席からの会話が聞こえてきて、降り注ぐ好奇な視線を振り払うように眺めていた外の景色から目を離す。  二泊三日の修学旅行は京都と大阪を、班ごとに自由に回るというザックリとした内容だった。事前にルートなどを申告しておけば、京都だろうが大阪だろうが、好きに行動していいらしい。僕たちの班は一日目を大阪で、二日目と三日目を京都で過ごすことにした。 「私、どっちも初めてだから楽しみだなぁ」  隣の彼女は茶化しに来ていたクラスの女子と会話を終えて、僕の方に顔を向ける。 「ここにいる大半は中学の修学旅行も大阪と京都だったから、退屈なんだよ」 「ありゃま、確かに他の学校は沖縄とか、海外だよね。でも、いいじゃん京都! 日本が誇る景色がたくさんあるよ」  彼女の求める景色。それはまだ見つかっていない。  彼女が転校してきて四か月。色んな場所を一緒に巡った。思わず息を呑む景色に何度も遭遇して、都度彼女は感情を涙で発露させた。それでも、まだ求める景色にたどり着いてはいない。  薄情な話だけれど、僕は景色が見つからないことに焦りはさほど感じていなかった。正確には、別の焦りと行き場のない(はや)る気持ちに大半のリソースを奪われているからだ。  もちろん、彼女には絶対に最高の景色を見つけ出してもらいたい。それは確かな思いだ。でも、僕にとっては、彼女のタイムリミットが近いという事実と、何としても彼女に僕の絵を見せたい気持ちが上回っていた。  逆さにした砂時計の砂は零れ落ち続けていて、未来への希望なんてものはどうやっても見いだせない。過ぎ去る一日の終わりに、何も出来ない無力感を抱く日々。 「私、小学校も中学校も病院生活のせいで修学旅行に参加出来てないから、すっごく楽しみ!」 「病院生活? 今はだいじょ――」  とっさに過ちに気づいて口を紡ぐ。  大丈夫かどうかなんて、そんなのわかりきっている。わざわざ本人に問うことの残酷さに気づくのが遅れた。だから、もうほとんど彼女には僕が言わんとしたことは伝わっていて、彼女は柔和な笑顔を見せた。それが、余計に僕の胸を締め付ける。 「何しろ珍しい病気だからね。小さい頃はよく体調も崩しちゃってて、一年の半分くらいは病院生活だったよ。合間で学校行かせてくれてたことには感謝なんだけどね。何しろ退屈でさ」  僕はすぐに返事をすることが出来なかった。  悄然とした様子で彼女はうつむく。  最近、彼女がこういった負の感情を見せることが増えた。それは大抵、会話がほんの少し途切れたタイミングで、まるで無理矢理抑え込んだものが漏れ出すように。 「なんで私がって、何度も思った。お姉ちゃんは行けて、私は行けなくて。双子なのに……。ずっと一緒に同じ景色を見てきたのに、急に私だけが病院の窓からの景色ばかりで、お姉ちゃんのこと何度恨んだかわかんない。でも、会ったら好きなフリしなくちゃって。辛かったよね?」  言動がちぐはぐで、まるで何かと戦っているみたいだ。彼女の瞳は黒く濁って、取り囲む雰囲気をガラッと一変させる。  そして、いつものように感情の発露が終わると、まるで充電が完了した彼女に戻るのだが、今日は違った。さっきまで穴が開きそうなほど何度も熟読していた旅行雑誌を閉じ、リュックに顔を押し付けて黙り込む。  僕は声を掛けられなかった。彼女の思いを、隠し持った弱さを黙って受け止めることしかできない。なんせ、僕は弱い人間だ。  彼女が負の顔を見せる理由は、彼女の余命が近いからという理由だけなんだろうか。  海で嬉々として姉のことを語っていた時の彼女が、嘘をついていたとは考えられない。すごく好きが溢れていて、本当に陽音は自分の対となる存在だと伝わって来た。  それに病気だとしても、やっぱり彼女が誰かのことを悪く言うとは思えない。いや、これはただの僕のエゴだ。彼女には最期まで笑っていてほしい。  そう思った僕の、都合の良い押し付けだ。
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