3章

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「よっしゃー! 食べるぞー!」  新幹線を降り、教師の説明も早々に班別行動になった時には、涼音は既にいつも通りの笑顔を取り戻していた。  やっぱり、彼女は陽だまりのような暖かい表情がよく似合う。  口に出せないくさい台詞を飲み込み、旅のしおりに目を落とす。到着が昼過ぎで、宿泊地の旅館には夜十八時までに到着していなければいけない。そのため、大半の班は一日目は大阪に留まって観光をする。  僕たちの班も例外ではなく、既に身体が前のめり気味なクラスメイト三人が、急かすような視線を向ける。 「わかってるよ。それじゃ、行こう」  長い三日間になりそうだなと、四月の終わり際にしては暑い空気に息をつく。こんだけ気温が高いと、半そでの学生服を身に纏う彼女への偏見の目はなさそうで、なんとなく安心した。きっと、彼女は気にしてないんだろうけど。    雑踏の中、少し前を行く涼音と岡部さんを見失わないように歩く。逸る気持ちを抑えられないでいる二人は、しきりに僕と横に並ぶ塩澤さんを急かす。 「いいの? 涼音の隣歩かなくて」  塩澤さんがお淑やかな顔立ちに似合わない笑みを浮かべる。 「何度も言ってるでしょ。僕と涼音はそんな関係じゃないよ」 「涼音いいと思うんだけど。可愛いし、女の子らしさもちゃんとあるし、何より胸もデカい! 羨ましい!」  どうやら、僕は塩澤さんのことを勘違いしていたらしい。教室ではその整った顔立ちも相まって、大人びた雰囲気の人だと思っていたけれど、存外そんなことはないらしい。少なくとも、話すようになって今のところは、元々のイメージとはかけ離れている。 「まあ、良い人なのはわかるよ。随分と人を振り回す悪い癖もあるけれど」 「もしかして、タイプじゃない?」 「いや、別に可愛いと思うし、結構ドストレートなところに居たりはする……かな」  どうして塩澤さんにこんな話をしているんだろうか。以前までの僕なら、絶対に取り繕って隠していたのに。 「えー、じゃあなんでこんなにアタックされてて惚れちゃわないの?」 「アタックはされてないでしょ」  塩澤さんは額に手を当てて、ため息をつく。 「あのね、女子高生っていうのは気にもならない男の子の隣の座席なんて座りません。ましてや、修学旅行だよ? ずっと記憶に残るイベントで、涼音は鳥野くんを選んだ理由くらい、言わなくてもわかるでしょ?」 「でも……やっぱり僕は涼音と恋愛なんて、出来ないよ」 「じゃあ、涼音が誰かに取られちゃっていいの? 鳥野くんのポジションが、他の男になったの想像してみてよ」  僕と涼音の関係は、最高の景色を見つけるための、ただそれだけのものだ。でも、本当にそれだけなんだろうか。確かに最初は無理矢理付き合わされていたから、そうなんだろうけど、あの浜辺で、あの山で、他にもたくさんの場所で、僕と涼音の関係は変わっていったんじゃないか。  僕が気づいていないだけで、僕と涼音はもうただの友達とは呼べないのかもしれない。  だからこそ、涼音が僕以外の誰かと景色を見に行くなんて想像もつかないし、そんなことあってほしくないと純粋に思った。  振り返った涼音と目が合う。周りの雑踏は目に入らなくて、時間がゆっくりになったみたいに心臓の高鳴りがゆっくりと身体に響き渡った。  きらきらと輝く瞳に、吸い込まれそうになる。駄目だとわかっているのに、反して溜まる思いは膨らみ続けた。 「もー、二人とも歩くの遅いよ。何の話してるのさ」  気が付くと、涼音と岡部さんが目の前にいた。 「んー? 涼音って可愛いよねって話してたの」 「ちょっと、塩ちゃん!? やめてよ恥ずかしい」  涼音がチラッと僕を見て、すぐに目をそらす。 「いや、涼音は可愛いよ。あと、胸が大きい」  岡部さんまで話に参加してきて、僕は蚊帳の外に放り出される。 「あ、それも話した」 「な、なんてこと話してるのさ! 翔琉くんは男の子なんだよ! 女子トークのノリで話さないの!」  涼音は耳まで真っ赤にして目を回す。 「だって、鳥野くん男の子って感じしないから」 「あの、それは僕も流石に傷つくんだけど」  塩澤さんはまた、嫌みったらしくお淑やかな顔を崩す。 「じゃあ、男らしくならないとね」  今まで、誤魔化す最適な理由が何個もあったから、そうやって周りも自分も騙して、押し殺した。  本当の気持ちくらい、僕が一番よくわかっている。でも、僕と涼音にそんなことは許されなくて、待っているのは悲しい未来だけで。なら、やっぱりこの気持ちは胸の奥底にしまっておくしかない。
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