3章

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 結局、一日目の自由時間は大阪の名物やら、女性が好きそうなやたらお洒落なカフェを巡って終了した。  ルート決めの期間、学級委員として先生にこき使われたせいで、彼女たちにコースを丸投げしてしまったことを少しだけ後悔した。道頓堀のような人の往来が激しい場所ならともかく、洒落た内装で、客もカップルか女性ばかりの店内に、女子三人、男一人はまさに地獄と言って良かったかもしれない。  治りかけていた人の目を気にしすぎてしまう性格も、流石にあの空間では存分に発揮されてしまった。周囲からの訝し気な視線が、今でもまだ背筋に残っている気がする。  まあ、当の彼女たちが楽しそうにしていたから良かったのではないだろうか。 「うわっ、宿すご……」  涼音が袖を引くから、とりあえず頷いといた。  宿泊先はクラスごとに別れていて、僕たちの泊まる場所は客室が十六からなる、厳かな雰囲気漂う旅館だった。鮮やかな木目の建物に、小さな庭園。屋根は和風な瓦で覆われ、辺りが薄暗くなった今は和紙張りの客室から覗くぼんやりとした明かりで、建物全体が浮きだっている。  中学の時は安価なホテルで、クラスの男子全員だだっ広い大部屋に押し込められた記憶があるから、それとは雲泥の差だ。誰と同室になるかは知らないけれど、流石に二、三人部屋だろう。  大襖の玄関を潜り抜け、ロビーに入ると、もう既に到着していた班の人たちがちらほら見えた。 「おう、お疲れさん。問題は無かったか?」  待ち受けのソファーにだらしなく身体を沈めた佐渡。手前のテーブルに散乱した缶コーヒーやら、お茶の入った湯呑を見るに、随分と退屈を極めているらしい。 「特に何もなかったです」 「はいよ。そんじゃ、これ班員の部屋割りと旅館の注意事項ね。各自に渡しておけ」  渡されたのは二部屋の鍵と、要項がずらりと書かれたプリント四枚。受け取ってから、疑問に気づく。 「あの、僕一人部屋なんですか?」 「あー、男子はどう部屋割りしても一人余っちまうんだよ。だから、委員長の鳥野が一人部屋。お前なら、なんも問題起こさないだろ」  佐渡は気怠そうに「他のやつ一人部屋なんかにしたら、何しでかすかわかったもんじゃない」とかブツブツ呟きながら、後ろにつっかえていた他の班に視線を向ける。  別に文句もなかったから、大人しくその場を後にする。  正直、一人部屋はありがたかった。相部屋になったところで、特に仲の良いクラスメイトがいるわけでもないから、気まずい空間が出来上がるだけだ。 「えー、翔琉くん一人なの? かわいそう……」  部屋割りの件を話すと、彼女たちはなぜか同情的な眼を向けてきた。 「僕的にはありがたい話なんだけど」 「いやいや、部屋での普段しないような夜更かしトークも修学旅行の醍醐味でしょ」 「僕は普段からあまりクラスメイトと話さないから、夜更かししてまで話す内容があるとは思えないよ」 「……遊びに行ってあげよっか?」  涼音の後ろで塩澤さんと岡部さんが激しく頷いているのを、見て見ぬ振りした。 「バレたら大問題なんだから、やめてくれ」 「それも思い出になると思うんだけどなぁ」  塩澤さんのため息をつく仕草が、僕のせいで彼女の癖になってしまいそうだ。別れ際に「草食だね」なんて岡部さんにも茶化されたけど、別に何とも思わなかった。実際、色んな事に怯えて、前に進めていないわけだし。
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