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「えぇ? 本当ですかぁ? ……わかった。アンナさんみたいな人は常に相手がいると思われちゃうんですよ。まさかフリーだなんて思わないじゃないですか」  後輩に気を遣わせている。非常に申し訳ない。 「じゃー、もし気になる人がいたらアプローチしてみようっかな」 「そうですよ。それがいいです」 「うん、そうだね。……ごめん、その話また今度。仕事進めるね」 「あ、ごめんなさい。私も仕事しよう」  たとえ後輩でも偉ぶったり不快な思いをさせないように気を配っている。  お昼休みも終わり、集中してパソコンに向かっていると聞き覚えのある低音の落ち着いた声がフロアに響いた。 「お疲れ様ー。この忙しい時期に仕事増やしてごめんね」  柔らかく温かい声。誰の声かすぐに分かる。声がした方向に視線を向けると黒いスーツを着た長身の男性がランウェイを歩くような優雅さを纏いこちらに向かってきた。 「あ、長谷川さんだ」 「おぉ、長谷川。変わってないなー。よかったよ。元気そうで」  あちこちから歓迎の声が上がった。  本当に何も変わらない。パーマをかけているかのようにクセが強い柔らかそうな猫っ毛も、年齢よりも若く見える爽やかな笑顔も。 「日本に戻ってくるとは思ってなかったんだけどね。また本社勤務みたいなんで、総務の皆さんにはお世話になります」 「長谷川が帰ってきたなら、俺、席空けようか? 長谷川課長」  私のデスクのすぐ横——いわゆるお誕生日席に座る課長は笑みを浮かべながら冗談めかして言う。 「またまたー。僕は常務秘書だからそんな気遣いはいりませんよ。実務から5年も離れちゃうと使い物にもならないでしょ?」  ははっと軽く返す長谷川さんとは対照的に課長の声色は変わった。
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