01

7/82
355人が本棚に入れています
本棚に追加
/242ページ
「常務秘書って……。いつまでも子守りをさせられて大変だな、長谷川。こんな優秀な人間をあの『常務』に付きっきりにするなんて。代表も何を考えてるんだか」 「僕が望んだことです。庵くんといると楽しいんですよ。能力は高いし、型にはまらないし。それに彼には僕が付いてないと。庵くんを制御できるのは僕ぐらいでしょうね」  やっぱり何も変わらない。私の好きな長谷川さんのままだ。包み込むような優しい声色と柔らかい笑顔にトクンと温かいものが広がった。  胸が高鳴るとか胸がギュッとなるとかドキドキするとか……そんな感情を抱くような段階はとうに過ぎた。そんなものを散々味わった今となってはことさら湧いて来ない。  長谷川さんを好きだという気持ちは一周どころか、もう何十周もしている。 「四条ちゃん、これ、書いてきたから。僕の分と庵くんの分。よろしくね」  クリアファイルに入った書類を手渡された。数多くいる総務の中からわざわざ私を選んだことに特別な意味はあるのだろうか。  あったらいいな。  そんな期待をしつつも、長谷川さんの視線が私の腕時計に流れたことを見逃さなかった。  彼の表情がわずかに曇ったことは私にしかわからないだろう。この悲しそうな瞳は何度か見ている。私が気持ちを伝えるたびにこの瞳になるのだ。  あぁ、私にまだ想いがあるのか確認しに来たってことね。やっぱり「重い、ウザい、キモい」って思ってるのかな。 「久しぶりだね。5年ぶりかな?」  気を取り直したようにニコッと微笑みかけてきた。 「お久しぶりですね。長谷川さんもお変わりなさそうで何よりです」  立ち上がり軽く頭を下げると、落とした視線が自然と彼の左腕に流れる。  見覚えのない腕時計。
/242ページ

最初のコメントを投稿しよう!