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 一瞬にして頭が真っ白になった。  数年前からどこかで予想はしていたけど、いざその事実を突き付けられると息ができないほど動揺した。 「相変わらず仕事頑張ってるんだ。係長なんてすごいじゃん」 「……係長って言っても名ばかりですよ。主任から課長になった長谷川さんの方がよっぽどすごいと思いますけど」  表面的な笑顔を貼り付けなんとか返す。 「そうかな。……じゃー、手続きよろしくね」 「はい。分かりました」  足早に去っていく後ろ姿をぼんやりと目で追った。  彼から受け取ったクリアファイルから書類を取り出し、じっと見つめる。 『長谷川 界人』  大人っぽく綺麗に整った文字を指でなぞった。  この気持ちをなくせるものなら、とっくになくしている。いくら彼が私から距離を取ろうと、年月が経とうと、なくならないから苦しいのだ。  いっそ、誰かと結婚してくれたらこの気持ちは消えるのだろうか。  ……いや。どんなことがあっても、この重く、そこはかとない想いは消えることはない。仮に身を滅ぼすことになってもずっと抱え続けるのだろう。  なぜそこまで想い続けるのか。それは私にもわからない。  それでも出会ったことに後悔はしていない。あの時の私には必要な出会いだった。  ——11年前の春。  まだ冬の気配が残る冷たい空気が、ストッキングを履いた足元に堪える。  新社会人は大変だ。好きな服装すら出来ないのだから。本当はまだ厚手のタイツを履きたいのに。  それでも桜は蕾を綻ばせ、一生懸命春の訪れを告げていた。3月末になり、暦の上ではもうとっくに春。  今日で研修も終わりだ。来週から通常勤務だけど、気が進まない。
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