19人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
詩
「ねえ先生」
「なんだ」
「島崎藤村の『初恋』って詩、覚えてる?」
「馬鹿野郎。これでも教師だっつーの」
「あ、そうだったね」
「舐めんなバカ」
「ごめんごめん」
先生の不満げな顔に私は満足げだ。
「わたしね、あの詩すきなんだ」
「へえ」
先生の興味なさそうな声に少し笑う。
「『林檎畠の樹の下に
おのずからなる細道は
誰がふみそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ』」
「最後の1連だな」
「そう!『リンゴ畑の樹の下に、自然とできた細道は、誰が通ってできたかと、尋ねるきみが愛おしい』。いや、尊すぎんか?!憧れるー」
「なんだ。リンゴ畑に道をつくりたいのか?」
「ちがうー。わかってないなー。」
「……理解できん」
道ができてしまうほどふたりが会い続けたってことは、それほどお互いが好きだったからだろう。
『会いたい』。
その感情の大きさが伝わる。
私はそこに憧れてるの!
口に出そうと思ったけれど、先生は、目をキラキラさせている私にピシャリと言う。
「さっさと問題解け。バカ」
そう言って先生はまた厚い参考書に目を落とした。
先生に言われたばかりなのに、課題のプリントには目もくれず、じっと端立な先生の顔を見つめる。
小テストの再テストにただひとり引っかかった私は、先生と机を向かい合わせにくっつけて補修を受けている。
私がジロジロ先生を観察しているのに気づいた先生は、わかりやすく嫌そうな顔をして、
「こっち見んな。問題解け。阿呆」
「だって先生イケメンなんだもん」
「知らねぇよ」
私のヘラヘラ顔にまたしても嫌そうな先生だけど、
『初恋』の詩の意味も理解できない数学頭の先生だけど、
そんな先生が
わたしの、初恋だった。
最初のコメントを投稿しよう!