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「ねえ先生」 「なんだ」 「島崎藤村の『初恋』って詩、覚えてる?」 「馬鹿野郎。これでも教師だっつーの」 「あ、そうだったね」 「舐めんなバカ」 「ごめんごめん」  先生の不満げな顔に私は満足げだ。 「わたしね、あの詩すきなんだ」 「へえ」  先生の興味なさそうな声に少し笑う。 「『林檎(ばたけ)の樹の下に   おのずからなる細道は   誰がふみそめしかたみぞと   問ひたまふこそこひしけれ』」 「最後の1連だな」 「そう!『リンゴ畑の樹の下に、自然とできた細道は、誰が通ってできたかと、尋ねるきみが愛おしい』。いや、尊すぎんか?!憧れるー」 「なんだ。リンゴ畑に道をつくりたいのか?」 「ちがうー。わかってないなー。」 「……理解できん」  道ができてしまうほどふたりが会い続けたってことは、それほどお互いが好きだったからだろう。  『会いたい』。  その感情の大きさが伝わる。  私はそこに憧れてるの!  口に出そうと思ったけれど、先生は、目をキラキラさせている私にピシャリと言う。 「さっさと問題解け。バカ」  そう言って先生はまた厚い参考書に目を落とした。  先生に言われたばかりなのに、課題のプリントには目もくれず、じっと端立な先生の顔を見つめる。  小テストの再テストにただひとり引っかかった私は、先生と机を向かい合わせにくっつけて補修を受けている。  私がジロジロ先生を観察しているのに気づいた先生は、わかりやすく嫌そうな顔をして、 「こっち見んな。問題解け。阿呆(あほう)」 「だって先生イケメンなんだもん」 「知らねぇよ」  私のヘラヘラ顔にまたしても嫌そうな先生だけど、 『初恋』の詩の意味も理解できない数学頭の先生だけど、  そんな先生が  わたしの、初恋だった。    
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