第一章 夢は覚めず

7/14

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
 もちろんやましい関係ではないが。人の口に戸は立てられぬもの。もし見られたら変な噂が起こりかねない。  いや、そういうのではなく。なぜ香澄は貴志の部屋に来ようとしたのか。 「香澄!」 「マリー、久しぶりね」  ふたりは互いに笑顔を見せ、再会を喜び合う。もっとも、素直に喜べる理由ではないのだが。だからすぐに真顔に戻った。 「でもどうして僕の部屋に?」 「感じたのよ。来てる、って」 「はあ、なかなか鋭いものだね」 「貴志、筆はある?」 「ああ、いつも持ってるよ」  と、懐から筆の天下を取り出して見せる。  香澄は紫のチマチョゴリをまとい。鞘に納まる七星剣を持っている。武具は警護の兵に預ける決まりなのだが、前もって返してもらったようだ。  香澄は信用度も高いから、屋内で携えても注意をされることもなかった。  服はここでもらったものだが。七星剣は香澄の存在を象徴する得物だった。  その剣を携えているということは、いつでも出立できるという構えを見せていることだった。 「源龍と羅彩女さんは」 「……ふたりは、もう解放してあげましょう。今まで付き合わせすぎちゃったから」 「……うん」  で、その代わりに僕なのかい? と、なんだか苦笑する気持ちは禁じ得なかった。 「って言うか、どうやってあの、鬼になっちゃった子供を探すんだい?」 「どこにいるかは、目星はついています」 「こことは違う、異なる世界の国」 「異なる世界の国……」 「そこに鬼が来るわ」  自分たちの言う、鬼(き)とは違う種類の存在の、鬼(おに)。  それはどのようなものなのだろうか。 「鬼は、ただ食らうばかり。食らうことしか知らない」  と、香澄は言った。 「魔物?」 「そうね。食らうために、奪い、殺す」 「ううむ」  そのような魔物の存在はいずこの地もあるのだが。逆に言えば魔物のいない地はない、ということか。  なかなか、難しいことだと、貴志は考えた。 「鬼も手強い存在です。香澄や貴志さんたちでなければ……」  マリーはか細く言い、そこに隠しきれない不安が漏れ出た。 「私だけで大丈夫」  香澄は言う。 「貴志も、休んでて。終わったら知らせるわ」 「いいのかい?」  そう言われても、安堵を覚えられない。 「僕も行くよ」  ふと、そんな言葉が出た。 「戦いは剣のみでするにあらず、だよ」  と、筆の天下を取り出して、見せた。  香澄とマリーはそれを見て、好もしい印象を湛えた笑顔を見せた。その身分に驕ることなく、人のために戦うこともいとわない貴志には、好印象しかなかった。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加