第一章 夢は覚めず

8/14

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
「本当にいいの?」 「うん、行くよ」 「月がふたつある、本当に異世界の国よ」 「え……?」  月がふたつある異世界の国だと? 「そこに人はいるのかい?」 「いるわ。この世界と違うところもあるけれど、同じところもあるわ」 「その国はいい国なのですが、鬼はその国を狙い続けているのです」  マリーがそう言葉を足す。鬼に狙われる、月がふたつある国とは。 「じゃあ、鬼の国は……」 「不毛の地」 「不毛の地?」 「だから、豊かな、月がふたつある国を奪い取ろうとしているのよ」 「そうなんだ……。で、そのふたつの国の名は?」  香澄ははっとして、 「私としたことが」  と、ぺろっと舌を出して、苦笑する。 「鬼の国は、そのままの鬼の国。名すらない、不毛の地だから」 「……」  なんとも救いのないひどいありさまな国のようだ。そしてもうひとつは。 「人海(ひとうみ)の国」  貴志はそれを聞いて、はっとして別の本棚のもとまでゆき、一冊取り出した。  その本は、人海の国物語という題名の本だった。 「おとぎ話に出る国の名と一緒だ。これは偶然なのかい?」  貴志は驚きを隠せない。  人海の国は、はるか遠いところにあるという島の国で、そこに暮らす人々は山海の恵みをおおいに受けているという。また農業も盛んで麦や桃もよく育ち。  海の幸山の幸に恵まれ、人々の生活はおおむね豊かであるという。  さらに、月がふたつ。  片方は満月、もう片方は三日月。それが夜ごとに月のかたちが入れ替わるという。  さらに文化的にも豊かで、さまざまな物語や、歌舞演劇も創作され。また学者や僧侶など、剣よりも筆を主に携える文人をよく輩出するという。豊かで平和な国。  そんな、人々の思い描く理想郷が物語として語り継がれて。こうして書物にも書かれていたのだ。  これらのことを簡潔にながら話すと、まさにその国だと香澄は言った。 「本当にある国だったんだ!」 「ほら、異なる世界同士、つながるでしょう。それは今までのことでわかったはずよ」 「そりゃあそうだけど」  まさかおとぎ話で聞いた国も本当にあって、それを鬼が狙っているなんて。経験を積んだとて、そんなこと容易に想像しえるものではなかった。 「鬼は、かつて遭遇した屍魔とは違うんだね」 「そうね。屍魔はその言葉の通り、屍の魔物。一度死んだ者が魔物になる。鬼ははじめから鬼という生ける者」 「種類は違うけれど、刑天のようなもので、コヒョと同じような」  香澄とマリーはうなずく。  コヒョはかつて刑天という魔物だった。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加