そして寮へ……

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

そして寮へ……

 お腹に手を当てて、ケタケタ笑っている阿部真莉愛をよそに、他の学生は事態が理解できずにポカンとしていた。  曽根はそんな状況に収拾をつけるべく、首をグルリと一周させて、ポキポキと首を鳴らした。 「さて、なんだか分かっていない者も多いだろうから、説明をするとしよう。まずそこにいる阿部真莉愛は、うちの四年生だ。新入生に交じって嫌な女を演じてもらった」  曽根に紹介された阿部は後頭部をポリポリと掻きながら、少し照れていた。 「いゃぁ、中々の演技だったでしょう? 京谷君、私どうだった!?」  急に話を振られた京谷はむくれていた。 「どうもなにも、死ぬかと思いましたよ」 「いゃ、予定では私とあなたは死ぬ予定だったんだけどね」  その言葉を聞くなり、京谷の顔は益々むくれて行った。 「知っていますよ。曽根先生が大声で演説していましたからね」 「アハハハ。ソニック先生の演説聞こえちゃったか。でもまさか、貴方が、もくもくちゃんを倒すなんてね~」  京谷は、余りにも阿部があっけらかんと話すので、いい加減に怒りも冷めてきた。 「因みに、俺が倒さなければ、本当はどういう予定だったんですか?」 「それは私が説明しよう」  曽根が二人の間に割って入った。 「まぁ、京谷みたいに蜘蛛に挑む者が居なければ、阿部のみが死ぬ予定だっのだ。もっとも、死ぬと言っても、その様に見せる幻惑魔法だがな。そして、もし無謀にもお前みたいに、もくもくちゃんに戦いを挑むやつがいた場合は、同じように上手く死んだと見せかけて、後日合流させる予定だった。因みにもくもくちゃんに、本当に殺されそうになった場合は、阿部が助ける手はずになっていた。一応彼女は今期の最優秀学生なのでな」 「てへへ」  照れる阿部に京谷はてくてくと近づき、いきなり頬っぺたを横に引っ張ってみた。 「おぉ、のびるのびる~」  阿部は頬っぺたから京谷の手を振りほどくと、京谷を睨み付けた。 「おぃ、一年。何をする。あんまり舐めたことをすると、お前をエリンギにするぞ!?」 「いゃいゃ、先輩さんよぉ。あんなふざけた行動を取られれば、誰でも腹が立つでしょう。俺は、本気で阿部先輩『死ねばいいのに』って思っていたんですから」  阿部は京谷の心境を聞くも、納得のいかない顔をしていた。そして、京谷の鼻を人差し指を立てて、ツンツンしながら弁明し始めた。 「しかたないでしょ。仕事なんだから。別にやりたくて、意地悪してた訳じゃ無いんだからね」 「そんな、ツンデレみたいな話し方しても、誤魔化されません。本当は、楽しんでいましたよね」  阿部は、京谷に凄まれるも、『そんなことないよ』とシラを切ったが、その目は明らかに游いでいた。どうやら図星だったらしい。  図星を付かれた阿部は、それを悟られまいと、曽根の方へと歩き始めた。そして、塀に手を掛けるなり、颯爽と乗り越えて闘技場の外へと出るのだった。   「あ~あ、そう言えば……貴方、よくスーパーボールなんて持ってたわね。趣味?」  京谷はそんな訳無いでしょうと言い、ふて腐れた笑いをしながらも、阿部に続いて塀を乗り越えた。 「朝、部屋を出るとき、足元にたまたま落ちていたんですよ。で、片付けるのが面倒なので、そのままポケットの中にいれて来た。ただそれだけの事です」 「……成る程ね。貴方にはスーパーボールの神でも宿って居るのかしらね」 「チョット叩きつければ、何処かに行ってしまいそうな、軽そうな神ですね」  京谷は呆れ顔で答えた。  二人が、学生が集まっている所に合流した事から、曽根はこの場を収めるために、パンパンと手を二度ほど叩いた。 「さて、色々あったが、君達には今後四年間この島で修行をしてもらう。目の前に見える建物が男子寮で、女子寮は……阿部、お前が案内してやれ」  阿部はハイハイと頷き、女子を集め始めた。 「はーい、女子は荷物をもって、こちらに集合してください。あー、そうそう。因みに男子諸君に言っておく。ここの女子寮は世界中、何処の刑務所よりもセキュリティーが固いので、入る際は命を賭ける事」  首をかしげる男子学生が続出している事から、曽根が補足を入れた。 「あぁ、つまり、君たちは、この先色々な魔法を覚える訳だ。そしてその魔法には遠視や透過、テレポート等がある訳だが、女子寮には、それらすべての魔法結界が施されているので、入ると死ぬよって忠告されているのだよ」  曽根の話を聞いて、『ヤバイ所に来てしまった』と半数以上の男子学生の顔が引きつった。しかしその最中、川村は京谷に近づき、脈絡もなく京谷の肩に腕を回して京谷との距離を詰めた。そして、京谷の耳元でボソボソと囁き始めるのだ。 「よかったな。お前の卒業論文が決まったな」 「なにがだ?」 「題名は、『女子寮の解明』ってのでどうだ?」 「……俺は、今しがた、死にそうになったんだ。なぜ好き好んで、死にに行かなくてはならない。行きたきゃ、お前ひとりで行け」  京谷は入学早々、悪友が出来てしまったと落胆した。  そして、そんな会話をしながら、京谷は荷物を男子寮へと運ぶのだった。    まだ、学生初日が始まったばかりなのに、この疲労感は何なのだろう。初日から死にそうになるし、横には変な友達がいるし。教授も、先輩も狂っているし。俺は四年間耐えられるのだろうか……。    そんな事を考えながら、京谷は男子寮の入口へと立った。  そして、立つと同時に、肩から、荷物がずり落ちた。  そう、なぜなら、京谷は本日何度目になるか分からない『落胆』をしたため、肩がまるまったのだ。    京谷が目にした光景は大きく分けて2つだ。  1つは『welcome1年生』と書かれたボードが入口に立てかけられている。まぁ、これはいい。しかし、問題はもう一方だ。そのボードの横に男が一人立っているのだが、これが中々にいい味を出しているのだ。  まず目を引くのが『俺が寮長』と書かれた選挙の様なタスキを掛けている事だ。  まぁ、そのタスキのお蔭で、寮長が誰なのかが一目で分かるのはありがたい。  だがしかし、問題はそこではなく、その寮長の恰好にあった。  寮長はボディービルダーと見間違うようなテカテカした体に、筋骨隆々の体系。そしてパンツ一丁でよく分からない決めポーズをしているのだ。  まぁ、一見インパクトがあるが、京谷的に、ここまでならまだ許せる。そう、以外にも京谷の度量は大きかった。  しかしこの寮長それだけでは収まらず、頭には黒光りした、逆さまゴム長靴を帽子の様に被っており、そして首にはヒラヒラと無意味になびく金色マントが輝いているのだった。  そう、もはや、こいつは『何者だ?』とツッコミを入れたくなる出で立ちで一年生を迎え入れたのだ。 「ようこそ、一年生諸君! 我々は君たちを歓迎する!」 『…………うん。歓迎しなくていいよ…………』  一年生の心が1つになった瞬間であった。   おわり  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!