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重永:はい。というわけでー、第一回本音で本編を振り返ってみようの会を開催したいと思いますー。司会はマスターこと重永寛弥でーすよろしくー。
夏生:いやいやいやなんのわけで? とうとう頭駄目になったんですかマスター。そんな忍に相手にしてもらえないからって。つーか仙台帰郷編どうしたんだよ。終わってねーじゃんまだ夕飯も食ってねーじゃん。
つー:予定ではもう転も終わりなのだがな。
霖:……わざわざこいつの実家にまで行ったのかお前は。挨拶はきちんとしたのだろうな。
重永:はいはいその話はまた今度ねー。今日は本編のお話してもらう予定なんでー。っていうか、霖さんいらしたんですね。
霖:悪いか。
重永:いえいえそういうわけではないんですけどね。お久しぶりですねぇ。
霖:……以前どこかで会っただろうか。
重永:いやいやあなたのお家に何度もお邪魔しましたけど。没ネタではあなたの援助で開店できたなんて裏話もありましたけどー。
驟:あー、それを盾に僕がマスターさんを脅す話ですねー。ひっどいですよねぇ。僕にそんなことさせるなんて!
つー:驟もいたのか……。
驟:いますよー。あ、これお土産のきび団子です。本編では最終的にままかりに変わりましたけど、元々こっちがお土産だったんですよー。僕の可愛いイメージに合ってるのに、わざわざおっさんくさいままかりに変えるなんて酷いですよねー。
忍:……自分で可愛いって……。
重永:ああっ、やっと喋ってくれた! ブロくんがいないと俺落ち着かないよー。
忍:さっきからいましたよ。マスターが進行役だと話が進まないんで、俺が代わります。
重永:え、待って一ページも進んでないんだけど。
夏生:さんせーい。他の人はー?
つー:まぁ……、いいんじゃないか?
霖:なんでもいい。
驟:えー、僕マスターさん好きですよー。
忍:多数決で俺ですね。
重永:え? え? ほんとに?
忍:はい、では話を大まかに分けながら振り返りましょうか。
重永:そんなぁー!
一、出会い
忍:ゼミのシーンと、〈西風〉に夏生が初めて入る辺りですね。
つー:懐かしいな。ゼミの時は緊張していてあまり覚えていないが……。
夏生:へ? 緊張? あれで?
つー:初対面の人間だらけで、顔を知っているのは先生だけだったからな。とにかく失礼のないように気を張っていた。
夏生:全っ然そうは見えませんでしたけど。
つー:そうか? ならいいんだが。
忍:夏生はぼーっとしてたな。ずっと。風邪でも引いたかと思ってたが。
夏生:ほんっと、お前が鈍感で良かったよ。
忍:どういう意味だオラ。
夏生:そのまんまだよ余計な勘違いしてくれやがって畜生。おかげで思いっ切りマスターにイジられたじゃねーか。
重永:あ、やっと俺の話? あの時の半田くんは可愛かったなー! ヤキモチ妬いてるのが丸わかりで!
夏生:そのせいで、マスターの第一印象は最悪でしたよ。
重永:あ、やっぱり? ほらでも、可愛いモノは可愛がらなきゃ駄目じゃないか。
つー:ヒロ、まさか最初は夏生を……?
重永:は?! いきなりなに!
夏生:いやいやいや、ありえないでしょこの人と俺なんて!そもそも、マスターこそ分かりやすかったし!
忍:……あんた、そんなあからさまな目で見てたんですか?恥って言葉知ってます?
重永:違うって、ちゃんと隠してたよ! ブロくんだって気付いてなかったじゃないか! 知ってたのはあの時点じゃ半田くんだけだよ!
つー:……ん? ということは、その時点で上風呂くんが?
重永:好きだったよ。ほとんど一目惚れだから。
忍:……夏生もマスターも男に一目惚れとか、どんな確率だよ。
夏生:俺はいいんだよ、劇的だから。問題は、本編に一切そのことが出てこないマスターだろ。
驟:あー、確かにこれじゃあ、いつからマスターさんが上風呂さんを好きになったか分からないですねぇ。
霖:どうでもいいだろう、そんなことは。
重永:わざわざお二人まで入ってこなくてもいいじゃないですか……。
驟:えー、僕も入れてくださいよー、恋バナ。
霖:(素知らぬ顔でコーヒーを一口)
忍:それより、この辺りには裏話っぽいことはほとんどないんですね。
つー:二十ページくらいまでは、以前の短編を手直ししただけだからな。チーズケーキ嫌いの裏話とか。
夏生:日本語が変なとことかね。
重永:俺の体格が中肉中背だとか、半田くんの髪がダークブラウンだとか? あと、つーの髪質がふわってしてるとか。
忍:あとあれです。夏生が振られたとこ。
夏生:振り返りたくねー!
つー:……酷い振られ方をしたな。
夏生:へっ、どーせ俺から好きになったわけじゃないし!
つー:そういう言い方は、神田さんにも失礼だぞ。そういえば、彼女はいないのか? 彼女も重要人物だろう。
忍:断られました。癖毛の馬鹿と同じ空気を吸いたくないそうです。
一同:(冷たい目)
夏生:ちょ、なんすか俺のせいみたいに!
霖:神田某が何者かは知らんが、どう聞いてもその発言はお前のせいだろう。
驟:半田さん、神田さんとめちゃくちゃ仲悪そうでしたもんねぇ。
夏生:あいつがいても場を掻き回されるだけですよ! いたって困るでしょ、つーさんも!
つー:ちゃんと和解したじゃないか。そういう言い方は良くないぞ。
夏生:あーもうっ!
忍:はいはーい、そろそろ次の話に行きますよー。
二、二週間後
忍:調べ物してる間のことは、本編ではさらっと流してるんですよね。二週間くらい経ってるのに。
夏生:書いたってつまんねーだろ。文献読んで史料集めて書き下してレジュメ作ってなんて。
つー:図書館で本を探すところは少しだけあるが、な。そういえば、白滝姫伝説は結局あまり本編には関わらなかったな。
夏生:シラタキ?
重永:ああ、なんかつーの家に伝わってるとかいう。
つー:そうだ。さる公卿の娘、白滝姫が、歌合の末に下男に嫁ぐという民話で、関西を始め日本全国に伝えられている。これを取り上げて分析している民俗学者もいるぞ。
霖:……お前はこういう話になると途端に生き生きするな。
つー:兄さんはこういう話になると途端に嫌な顔をしますね……。
忍:確か、東北にも多く伝えられているんですよね。歌は地方によってかなり違うとか。
つー:ああ。上風呂くんも興味があるのか?
忍:多少は。俺、落人伝説の発生過程が研究テーマなんで、民俗学も囓ったんです。
重永:ねー、半田くんと驟さんが寝そうだよー。
つー:……この話はまた今度、ゆっくりしようか。
忍:そうですね。……ったく。で、調べ物の後は酒ですか。
重永:そ。ブランデーだよ。つーと飲もうと思ってたのになぁ。
つー:元々、ここでは父が酒豪だという話がちらりと出ていたな。結局消えたが。
霖:それが俺がザルになった理由でもあるようだ。ここまで兄弟でアルコール分解酵素の数が違うことは、科学的にまず有り得ないと思うが。
つー:どうなんでしょうね? 詳しく調べたわけではないので、正確なことは言えません。
驟:いいんじゃないですかー? そういう兄弟もいますよ、きっと。ちなみに僕もウワバミです。
重永:俺は普通。実は半田くんも、けっこう強いんだよね。
夏生:普通ですよ。つーさんが弱すぎるだけ。忍は?
忍:あんまり飲まねぇ。味が気に入らねぇから。
重永:その内、美味しくなるよ。つーみたいに味も覚えてないわけじゃないんだからさ。
つー:……別に競っているわけではないが、妙に劣等感が生まれるな……。
霖:夏生の言う通り、お前は弱すぎる。何度私が介抱したと思っている。
夏生:え? マジで?
つー:……恥ずかしながら覚えていません……。
霖:新人の歓迎会で、乾杯の五分後には寝ていたお前を酔っ払いから守ったのは誰だった? 会社の飲み会だけではない。私の結婚式も父の通夜の時も、お前は注がれるままに飲んでいたな。いい加減、はっきりと自覚を持て。お前は一滴も飲むな。飲めば寝る。記憶も残らん。勧められても飲むな。料理に入れられても食べるな。他人に迷惑だ。
つー:申し訳ありません……。
夏生:……あんな無防備なまま、霖さんに介抱されてたって……!
忍:マスター、アホなこと妄想してる馬鹿がいまーす。
重永:座布団一枚持ってっちゃって。
驟:あ、じゃあ僕が山○くんやりまーす。
夏生:うぉーいいつからここは大○利になったんだよ。俺だってちょっとは成長したんですー。別にヤキモチとか妬きませんー。
重永:って言ってるけどどうなの? つーとしては。
つー:夏生はいつまでも可愛いままでいて欲しいな……。
霖:甘やかすな。付け上がる。
驟:つっこむとこ、そこですか?
重永:さらっと惚気られちゃったよ。ブロくんどうしよう。
忍:あれが可愛いと思える栗花落さんには脱帽ですね。で、あの辺りで他に話すことないんですか?
重永:そうだなー。あの時点で実は閉店時間が決まってなかったことかな。七時閉店になったのって、驟さんが出てくる辺りからだったはずだよ。
驟:へぇー、そんな遅いんですか。テキトーだなー。
霖:私の立ち位置がぶれたのも、そういう場当たり的な流れが問題だったな。
つー:最初は、途轍もなく身勝手で自己中心的な、独裁者のような性格でしたからね。
忍:あ、じゃあその話も含めて次に行きたいと思います。
三、栗花落のマンションにて
忍:この辺りはほぼ二人だけの話ですね。あと、霖さんからの電話とか、栗花落さんの叔母さんとかがちらほらと。
霖:それまで電話で声を荒げるようなことはほとんどなかったが、この日は特別うるさかったな、お前。
つー:……会話をさっさと打ち切りたかったんです。夏生がいたから。
重永:とか言う癖に、その時はまだ無自覚なんだよねぇ。生殺しって言葉知ってる?
つー:申し訳ないとは思っている……。
夏生:いやー、マジでやばかったですよ。もし没ネタが通ってたら、ほんとに押し倒してました。
忍:あー、あのタオル一枚で風呂から出てくるってヤツか。後の方でも没ったな。流れが一瞬にしてギャグになるからって。
つー:そもそも、そんなはしたないことを人前でやるはずがないだろう……。
重永:やりかねないと思われてるんだよ。お前は世間離れしてるから。
つー:そんなことはない。一般常識くらいはわきまえている。
驟:常識ないのは霖兄さんですよね。朝っぱらから電話なんて。せめて夜でしょ。
霖:お前も後でやっていただろうが。大体、電話を掛ける暇があるのは朝だけだ。昼に社内で掛けるわけにはいかん。
夏生:夜は?
霖:そもそもあの家の電波状況が悪くて、途中で切れる。
子どももいるしな。
つー:そういえば、最初の頃は夜に掛けてましたね。
驟:ずっと気になってたんですけど、いつから光兄さんに電話掛けてたんですか? 光兄さんが家出してすぐ?
霖:ああ。まさかあそこまで頑固だとは思わなかったからな。すぐに反省して帰ってくるだろうと高をくくっていたのが、そもそもの間違いだった。
つー:間違いって……まだ諦めていないんですか。俺を会社に連れ戻すこと。
驟:ひどーい、僕というものがありながら! 兄さんの馬鹿ー!
霖:気味の悪い言い方をするな。
夏生:そういや、俺あの時から霖さんのこと疑ってたんですよね。
つー:あの時?
夏生:初めて霖さんのこと聞いた時です。なんか引っ掛かったんですよねー。妙に親近感が沸いたっていうか。
重永:俺のアンテナには全然引っ掛からなかったけどね。で、ほんとのところ、どうなんです?
霖:私は同性愛者ではない。まして、こんな手の掛かる面倒なヤツは女でも相手にしたくない。
つー:(涙目)
栗花落兄弟以外:(白い目)
霖:……なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え。
つー:兄さん……、そんなに俺の面倒を見るのが嫌なら、早くそう言ってくれれば……。
夏生:ってか、相手にしたくないとか言いながらちゃんと世話してるじゃないですか。酔って寝たら介抱するし、体が辛かったら肩貸すし。
驟:ああ、分かりましたよ半田さん。きっとあれです。つんでれとかいうヤツです。それとも、嫌よ嫌よも好きの内?
重永:どっちも似合わないなぁ。なんか。
忍:兄弟って、面と向かっては中々素直に言えないもんですよ。俺にも妹いますけど、本人の前では口が裂けてもほっとけないなんて言いません。
霖:……好き勝手なことを言うな。私は父の遺言に従って、家族を守ろうとしているだけだ。
つー:その話を本編でしてくれれば、ゲイ疑惑も晴れたんでしょうが……。
夏生:疑惑のままで放置してありますからねぇ。
忍:常識的に考えて、そんなに多くのゲイが一部に固まるなんてことはねーだろ。〈西風〉がゲイバーならともかく。
重永:そんな予定もあったねぇ。未定のままだったけど。
驟:えー、僕ゲイじゃありませんー。可愛い女の子が好きですー。
忍:それはともかく、この話でもう一つ話題に挙げなきゃいけないことがありますよ。
つー:ああ、楓叔母さんのことか? 出番もなく名前も不明のままだったが、元は重要人物の一人だったな。
霖:あの人の旦那が持っているマンションに住んでいると分かっていれば、もう少し早くお前を見つけられたのだがな。
重永:知らなかったんですか?
霖:ああ。叔母二人には何度か電話したが、一切こいつのことは喋らなかった。
驟:で、二人の叔母様の内、どちらかの目が届くところにはいるだろうってことで、僕が調べ回ってたんです。あんなの、絶っっ対秘書の仕事じゃないですよね!
忍:その話はまた後で。他になんかないんですか? 二人は。
つー:ん? そうだな……、随分と情けないことや恥ずかしいことを言った気がするな……。
重永:友達少ないとか彼女いなかったとか?
つー:……ああそうだ。
夏生:いやー、可愛かったです! 初めて面と向かって「つーさん」って呼んだ時なんて、めっちゃ照れてて! 可愛すぎてぎゅーってしたくなりましたもん!
霖:……百八十を越えている大男で、その上に三十路前だぞ?
驟:いやー、半田さんの感覚って不思議ですねぇ。僕には到底理解できません。
忍:じゃあ、夏生の感覚がおかしいってことで。
夏生:いやいやいやちょっと待てー! 目の前で見てないからそんなこと言えるんでしょ? あれの破壊力は絶大ですから!
つー:一体、俺はお前のなにを破壊したんだ……。
夏生:理性の砦?
重永:しょっちゅう壊れ掛かってるじゃないか。
忍:ケダモノ。
夏生:うるっせ! っつーか、マスターなら分かるでしょ!つーさんの破壊力!
重永:うーん。泣かれるときついけど、それ以外は平気かなー。
つー:……駄目だ、俺のどこが夏生の理性を破壊できるのかよく分からない……。
霖:根本的に感覚が違うということだ。理解しようと思っても無駄だな。
驟:あ、でも光兄さん優しいから、僕が女の子だったら絶対ほっときませんよ。
忍:俺もですね。多分、すぐに惚れます。
霖:……お前達の感覚も分からんな。
重永:人気者だねぇ、つー。
夏生:ちょ、なんで照れてるんですか! あの二人が女だったら、ですよ?
つー:だが、好意を向けられるのは嬉しい……。
夏生:仮定の話でしょーが! もう!
忍:仮定の話だから、お前もそこまでムキになる必要はないだろ。……そういえばこの辺り、マンションを出る直前に、お前も勝手な想像しておもっくそ凹んでたな。
夏生:う……。だ、だってあれは!
忍:それは次の話で聞かせて貰おうか。
四、夏生の大失恋
忍:で、結局お前は勘違いで失恋したと思い込んでたのか。
夏生:……だって、幼馴染みだぜ? 俺よりずーっと仲良くて、つーさんのことよく知ってるマスターで駄目だったら、ついこの間知り合ったばっかりの俺に望みなんてねーだろ? 普通!
重永:だ、そうだけど?
つー:ヒロとは仲が良かった。無二の親友だと思っている。だが……いや、だからこそ、俺はヒロの想いに応えることはできなかった。中途半端に応えて、余計に傷付けたくなかったからな。
重永:兄弟みたいにしか見えない、とか言って振られたのは、けっこう傷付いたけどね。
つー:う……すまない。
重永:いいのいいの。どうせ、俺も兄弟みたいにしか見えてなかったんだから。ほんとのとこ。俺のことより、ここでは半田くんのことだろ?
夏生:俺、ここもあんま思い出したくないんですけどー。
忍:大泣きしてたからな。都合三回くらい。
つー:すまない……。
夏生:つーさんは悪くないですよぅ。……俺が精神的に脆すぎただけで。
重永:失恋したらそんなもんじゃない?
驟:そうですか? ちょっと泣きすぎな気も……。それだけ、本気だったってことですかね?
霖:……私に言われても知らん。
夏生:恋愛とかしたことなさそーですもんね。
霖:不必要なことに労力を使う趣味はない。
つー:あなたと同じ感覚で生きていたことを忘れそうなくらい、今の俺には大切なことになっていますよ。
霖:だからどうした。
夏生:それこそ、理解してもらえないことですよねぇ。
驟:僕には分かりますよー。恋って大切ですよね。……振られてばっかりですけど。
忍:そうなんですか?
驟:そーなんですよ! なんか、男らしくないとかマスコットみたいとか優柔不断とか鬱陶しいとか、散々言われて振られるんです。はぁ……、僕のなにが悪いんだろ。
霖:そうやって女々しく愚痴ばかり言っているからだ。
夏生:えー、愚痴は関係ないですよ。問題は驟さんがなんか……なんだろ、女の子っぽいからじゃないですか?
驟:どういう意味ですかー? 女の子っぽいって、どういうとこが?
重永:分からないですよねぇ。男っぽさ女っぽさって、どこから線引きしていいか。そうだな、俺の感覚で言わせてもらえば、驟さんはなんだかんだ言って結構な努力家で、恋愛ごとでは尽くすタイプかなって思うんですけど。
驟:分かります? ワガママ言われたら聞いてあげたくなっちゃうんですよー!
重永:で、自分のことは割と二の次なんじゃないですか?
驟:う……、それも当たりです。
忍:それが、女っぽいってことですか? 男でもいるでしょ、そんなヤツ。
重永:うん。けど、日本では驟さんみたいなタイプは比較的女性に多いんじゃないかな。母性本能をくすぐられるとかよく言うだろう? 母性が尽くすこととイコールで繋げられるかどうかは別として、驟さんはそういう意味では女っぽいって言えるんじゃないかな。自由気ままでワガママな子なら合うかもしれないけど、逆のタイプの子は物足りなく感じちゃうんじゃない?
夏生:ふーん。そんなもんなんですかね? っつか、マスターがノンケの恋愛論語れるってことの方がびっくりなんですけど。
重永:伊達に君らより歳食ってないよ。……まぁ、少なくともそこの兄弟よりは。
つー:悪かったな。
霖:……どうでもいい。(コーヒーを一口)
忍:えーっと、話が逸れてきたんですけど。この辺りで他に話すことは?
重永:神田さんじゃない? やっぱり。
夏生:あん時はマジでわけわかんなかった!
忍:……俺はなんとなく、分かったけどな。あいつと話してただけで。
夏生:無理。俺には説明されても理解できなかった! っつか、なんであいつが俺に未練あったのかも分かんね。
つー:……好きになるのに理由なんかいらない、だろう?
彼女の気持ちも、少し分かる。
夏生:……どの辺が?
つー:なにがあっても、お前を嫌いになれないところかな。もし俺が彼女のように酷く振られても、きっと俺はお前を好きでいる。お前にはそういう、憎めないところがあるんだよ。
忍:褒めすぎじゃないですか?
重永:惚気てるんだよ。本編終わってからこいつの頭の中は春真っ盛りだから。
霖:……くだらん。
驟:いいなぁー。僕もそういう恋愛したいなぁー。可愛い女の子と。
忍:……おい、夏生?
夏生:しばらく余韻に浸らせろ……。
忍:アホはとりあえずほっときましょう。この辺りでちょっと気になることあるんですけど、マスター。
重永:んー?
忍:栗花落さんのお母さんが亡くなったのって、十三年前ですよね?
重永:そうだよ。今年で十三回忌。
忍:当時、二人は十七才になったばっかりくらいですよね。
つー:ああ。
忍:で、マスターが栗花落さんに告白したのは卒業式の日。……ってことは、栗花落さんは一年以上塞ぎ込んでたんですか?
つー:……そうなのか?
重永:いや自分のことでしょ。少なくとも、俺にはずーっと凹んでるようにしか見えなかったよ。進路希望調査でこっそり第六希望くらいに文学部を書くこともなくなったし、一時は本もろくに読んでなかったし、気味悪いくらい勉強に打ち込んでたし。
霖:……お前、そんな頃から文学部に入りたかったのか。
つー:母さんは許してくれてましたよ。父さんに言い出せなかっただけで。
重永:センター試験の後なんか、夢も希望もないみたいな顔して片っ端から私大の経済学部に願書出してたし、国立の経済学部なんてそれこそどこでも入れるくらいなのに、結局近場の私大で済ませたもんねぇ。ほんと、なんのために勉強してたのお前?
つー:……会社のためだ。それと、父のため。
重永:そうやって、自分の気持ちに嘘ばっかり吐いてたから、最終的には半田くんを傷付けたんだよ? 分かってる?
つー:分かっている……。
霖:……嘘でもなんでもいい。お前が残っていれば……。
つー:え?
霖:……なんでもない。詮無いことだ。
忍:そろそろ、次行きたいんですけどいいですか?
五、忍と重永の慰め
忍:で、自殺まで考えるほど凹んでた夏生の家に、俺達が行ったんですが……。
重永:おんもしろいくらいに凹んでたねぇー。
夏生:面白がるな!
忍:死んだ魚みたいな目ぇしてたぞ。リアルでは始めて見た。
夏生:うるっせぇ!
忍:……心配したんだぞ。一応。
夏生:……うん。
重永:そういえば、なんでブロくんはここでこんなにポジティブだったの? ……恋愛できないのに。
忍:だから、恋ができる夏生に諦めて欲しくなかったんです。こん時は、相手が栗花落さんだとは思ってませんでしたけど。
驟:恋愛できないんですか?
忍:ええ、まぁ。色々あって。本編では一切語ってませんけどね。
重永:入れたら、主人公が変わっちゃうもんねぇ。話の主題もかなり変わっちゃうし。
夏生:へ? なんのこと?
つー:話したくないことなら、無理に言う必要はないだろう。
忍:ありがとうございます。あ、それとここでも気になったことあったんですけど、マスター。
重永:また俺? この辺りって……実家のこととか留学の話とか?
忍:はい。なんで実家に帰ってないんですか?
つー:そういえば、お前は専門学校を卒業してから一度も帰ってきてないな。
重永:えーっと、話したくないんだけど、無理に言わなきゃ駄目?
忍:……まぁ、俺が気になっただけですから。
重永:う……。うーん、楽しい話じゃないんだけど、それでいいなら話すよ。
夏生:もったいぶらなくてもいいじゃないですか。
重永:うん……。いやね、単純な話なんだ。帰らないんじゃなくて、帰れないんだよ。……勘当されたから。
つー:え?
忍:……勘当、って。
重永:俺って長男で、他の兄弟が姉さんばっかりでねー。みんな遠くに嫁いじゃったから、親は俺に実家に残って世話見て欲しかったらしいんだけど、俺は専門学校卒業と同時に勝手に留学すること決めたし、その時にゲイだって話もしちゃったからねー。外国に行っていつ帰るかも分からない上に子どもも望めない息子に、すっかり怒っちゃったみたいで。もう帰って来るなって言われたんだよね。ははは。
つー:……笑い事なのか? それは。
重永:笑い事にでもしなきゃやってらんないでしょ。ま、端からそうなることなんて分かってたから、実家に未練なんてないけどねぇ。
夏生:あー、なんか見たくない未来見た気分。
重永:世の中のみんなが、ブロくんや驟さんみたいに理解があるわけじゃないってことだよ。
驟:一応、霖兄さんも理解ある人の一人なんですかねぇ?
霖:仕方なく容認しているだけだ。理解などできん。
つー:そうですよね……。
夏生:ねー、いつまでこの辛気くさい話題続けるんですか?別の話しましょーよ。
忍:たまにはいいこと言うな、お前。じゃあ、この辺りで他になにかありますか?
驟:あ、じゃあ僕からしつもーん。栗花落の本家の人達が他の人から一目置かれてたのは知ってますけど、なんで光兄さんはそんなに友達いなかったんですか?
つー:う……。
霖:こいつは昔から人見知りが激しかった上に、興味が極端に偏っていた。その上、引っ込み思案ですぐ自分の殻に閉じこもるような性格だったからな。人付き合いなどできるはずがない。
重永:そういう霖さんも、友達いなかったような……。
霖:最低限の付き合いはしていた。だが、それ以上は必要ない。
驟:うっわー。そんなんだから、陰で若社長は近寄りがたいとか言われるんですよ? うちの父さんがこないだ、酔った勢いでそんなこと愚痴ってました。
重永:でも霖さんって、陰で人気だったんですよ。高校時代とか。顔もいいし頭もいいし運動もできるしで。
つー:ああ、俺もそんな話を聞いたことがあるな。
霖:くだらん。
重永:って感じで、騒がれてるの一切気にしてないところが、またかっこいいみたいで。俺にはよく分かんないけどね。
驟:うー、なんでこんな性格してる霖兄さんは人気があって、僕は駄目なんでしょう……?
重永:路線が違いすぎますよねぇ。驟さんと霖さんじゃ。
つー:驟には驟の魅力がある。お前の良さを分かってくれる人を探せばいいだろう?
驟:いるんですかねぇ、そんな人……。大体、うちの会社あんまり女性社員いないし、出会いがなさすぎますー。
夏生:そういや、つーさんちの会社って、規模どれくらいなんですか? 社員少ないんですか?
つー:そんなに大きくはないぞ。本編では話していないが、ミネラルウォーターを作っている。西日本を中心に販売していて、社員は事務員や工場の作業員を含めても五十人前後だ。俺がいた秘書課は多くて二人で、一人は社長へのスケジュール伝達や出張などの際の手配、それに運転手やお茶汲みなどの雑務をこなす。もう一人は社長のスケジュール管理や社内からの伝達事項を纏めたり、他社からのアポイントメントを受付けたりするんだ。もっとも、一人でできない仕事ではないから、俺が働いていた頃は全て自分でこなしていたが。
驟:そう、そうなんですよ! 光兄さんがぜーんぶ一人でこなしてたから、後の人が余計にしんどかったんです! 海外輸出の交渉とか増えてただでさえ忙しいのに、内からも外からもあーだこーだ言われて、僕もうぼろっぼろです!
霖:だから私は光に再三帰ってこいと言っているのだ。叔父が臨時で秘書課を手伝ってくれてはいるが、あの人自身は身を引きたがっている。この繁忙期に俺を補佐できるのはお前しかいない。
つー:そうは言われても……。
夏生:駄目! 駄目ですからね! 絶対帰っちゃ駄目ですよ、つーさん!
霖:……お前が光と一緒に姫津へ来ると言うなら、どこかの部署で雇ってもいいと思っている。
夏生:え?
驟:ええ!? 駄目ですよぅ! 縁故採用なんて!
霖:お前もだろうが。今更細かいことを気にするな。
つー:兄さん、何度も言いますが、俺は歴史学の研究をしたいんです。いくら夏生を雇ってくれると言われても、会社には戻りません。
霖:全く……、いつからそんなに聞き分けが悪くなった?
つー:兄さんはいつまでも俺のことを子ども扱いしますね。
重永:あーもう、兄弟喧嘩は外でやってくれよー。
忍:じゃあ、次の話題に行きますか。
六、失恋直後
忍:で、俺達が帰ったあとのことなんですけど……。
重永:立ち直り早いよねー。ふっつーにつーと電話してるし。
夏生:どんな声で出ろってんですか。あれでも必死だったんですよ、俺!
つー:すまないな……。どこか様子が変だなとは思ったんだが……。
夏生:いや、つーさんが謝ることじゃないですよ!
重永:ほーんと、半田くんの気持ちをちゃーんとくみ取ってあげてたら、二人とも大泣きしなくても済んだのにね。
霖:大泣き? いい歳をして、まだ泣き虫が治っていないのかお前は。
つー:あ、あれは……!
夏生:泣き虫?
重永:泣き虫……? そんなに泣いてましたっけ?
霖:朝、幼稚園の玄関で母と離れるたびに大泣きしていた。家や庭で転ぶたびに泣きわめいていた。なぜここまで手を煩わせるのか分からなくて、あの頃はひたすら苛々していたな。
重永:えーっと、俺がつーと喋り始めたのが四、五歳くらいの時だから……、それより前の話ですよね?
霖:いいや。これが小学校に上がるまでは終始そんな調子だった。
夏生:じゃ、母親と霖さん以外には泣き顔見せなかったってことですか……?
つー:そ、そういうわけじゃない! ただ、幼心に……兄さんや母さんのいないところで泣いてしまったら、二人に心配を掛けるのではないかと思って……。その、一度泣くと、どちらかが慰めてくれるまで泣き止めなかったから。
重永:へぇー、そうだったんだ。
夏生:うー……。
忍:夏生? なに酸っぱいブドウやってんだよ。
夏生:……なんでもねー。
重永:ヤキモチ? 可愛いねぇ。
夏生:ち、違います!
つー:昔の話だから、その……あまり気にしないでくれ。
霖:心配しなくても、今更こいつが泣いたからと言ってわざわざ慰めには行かん。
つー:来られても困ります。
忍:だ、そうだ。あ、あと速報入ったぞ。お前の帰省編、さっき終わったらしい。
夏生:マジで? 時間掛かったなー。
つー:それより、この辺りの話題をした方が……。そういえば、俺が早朝に電話を掛けた日の昼は、ずっとゲームをしていたのか?
夏生:そうですよ。えーっと、あん時やってたのは『オブリ○オン』だったかな。
忍:ああ、あのなんでもありのロープレ。
夏生:時間忘れられるからなー。マジで助かった。
驟:面白いですよねぇー。僕、パソコンの方しか持ってませんけど。
夏生:驟さんああいうのやるんですか?
驟:ええ。あんまり詳しくないんですけど。就職してからはとにかく忙しくて、ほとんどできないんですよねー。
つー:……駄目だ、ついて行けない。
重永:俺も。ゲームとか、久しくやってないもんなぁ。
夏生:あ、でも俺も最近やってないです。つーさんといる方が楽しいから。
重永:可愛いこと言うねぇー。ねぇ、つー?
つー:……無理して俺に合わせなくてもいいんだぞ?
夏生:無理してませんって。あ、速報入りました。帰郷編エロも終わったそうです。
つー:そ、それは言わなくても……。
霖:実家に帰ってまで……ケダモノだな。
つー:違います! あれはホテルで……!
重永:ラブホテル? 良かったねぇ、そんなとこ行けるようになって。また人生経験積めたじゃないか。
つー:それも違う!
夏生:普通のホテルですよ。っつか、それ以上は喋りませんからね。絶対。
霖:心配せんでも興味はない。
重永:俺きょーみあるなぁ。
忍:俺はありません。で、この辺で他に話すことないんですか?
重永:ブロくんってば強引……。
驟:はーい。光兄さんは結局、神田さんのことどう思ってたんですか?
つー:……この時点では、ひょっとして夏生は神田さんのことが好きなんじゃないかと思っていた。それで、彼女が俺のことを気にしていると知って、慌てて釘を刺しているのかと。
夏生:だから、なんでそうなるんですか俺のあの発言で。
驟:あれですよね、兄さん。つんでれってやつ。好きな子ほどいじめたいとか?
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