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【二】藍円寺にて
十二月三十一日が訪れた。この日ばかりは、普段は廃寺に等しい藍円寺であるが、ちょっとだけせわしなくなる。
昼食時。
長兄の、朝儀が、テーブルの上に栗きんとんを並べた。明日食べるおせちのあまりだ……。他にはかき揚げの材料のあまりで作ったきんぴらごぼうがある。
除夜の鐘の準備は大体終わったので、俺は居間に顔を出して、それを見た。先に来ていたひつと上の兄である、昼威は、座椅子に背を預けて、テレビを見ている。その隣のコタツには、斗望の姿がある。今年中学生になった斗望は、朝儀の息子で俺の甥だ。
昨年の年末はバタバタしていたし、一昨年は昼威は救急のバイト、その年は朝儀と斗望と俺で似たような昼食をとったものである。
除夜の鐘といっても、数少ない檀家の人がくるだけで、新南津市の多くの人は、玲瓏院の寺に行く。あるいは、御遼神社の初詣のために、早くから並んでいる。藍円寺は平和だ。悲しいことに。今年も、ほとんど寺としての収入は無かった……。
「何を突っ立っているんだ?」
戸口にいた俺を一瞥し、昼威が目を細めた。昼威は本日、私服姿である。最近の昼威の浪費癖は、少しだけ収まり、前は全然買っていなかった私服を入手している姿を見る。侑眞さんと付き合っての変化だろう。気持ちは分かる。俺だって、ローラの前ではいつも気を遣っていたい。
「お前達も今年は除夜の鐘を手伝ってくれるのかと思ってな。なんだか、久しぶりだな」
俺が述べると、昼威の動きが止まり、派手に目を逸らされた。丁度お吸い物を運んできた朝儀もまた、俺を見ると不思議そうな顔をし、笑顔で首を傾げた。
「僕は、彼方(カナタ)さんと初詣に行くから無理だよ?」
「……斗望はどうするんだ?」
「僕は、芹架君と御遼神社にお泊りをするんだよ!」
六条彼方というのは、朝儀の恋人だ。芹架君というのは、斗望の学校の同級生だ。斗望が一人にならないのならば、朝儀もまぁ……俺に止める権利はないかも知れない。何より斗望は、嬉しそうに茶色い瞳を揺らしている。
「俺は斗望を御遼神社に送って、そのまま侑眞と酒を飲む予定だ」
昼威がポツリといった。侑眞さんと昼威は昔から酒を飲んでいたが、こちらも恋人同士になってだんだん隠す気も無さそうになってきた。
斗望はともかく、俺達――藍円寺の三兄弟は、全員、男の恋人が居るという次第である。なお俺に至っては、人間ですらない。でも、俺はローラが好きだから良いのだ。
「……そうか」
俺は小さく頷いた。俺だってローラと会えないと言われたら寂しいのだから、二人を止める権利は無いだろう。というか今年は寧ろ、ローラが除夜の鐘の手伝いに来てくれると話していたから、早くローラに会いたい。夜が待ち遠しい。
ローラは現在、吸血鬼ながらに、俺の除霊のバイトの手伝いをしてくれている。俺の本業は住職であるが、それでは食べて行くことが出来ないので、除霊のバイトをしているのだ。
「た、食べよう? ね?」
朝儀が仕切りなおした。昼威は何も言わずに、箸を手に取る。
「いただきます」
四人で手を合わせる。朝儀の料理は、とても美味しい。家庭的な料理だ。俺とローラの場合は、専らローラが作ってくれるので、俺はローラに料理を振舞った事が一度も無いし、振舞うスキルも無い。俺と昼威のみの場合、食事は基本的にお惣菜だ。
藍円寺関係者で、今年一年で目立った出来事はといえば、やはり斗望の中学校への進学と、朝儀の再就職、昼威が一人暮らしを始めた事だろう。昼威の浪費が少し止まった事の方が、俺としては嬉しいが。
「絢樫さんは何時頃来るんだ?」
お吸い物を一口飲んでから、椀をおいて、昼威が俺を見た。昼威はローラの事を、俺が一昨年交通事故に遭って以降、絢樫さんと呼んでいる。心霊現象を認めないスタイルの昼威は、ローラが吸血鬼だというのを知っているが、普段は人間として扱う様子だ。
「ローラは、二時頃来ると話していた。昼威は何時頃行くんだ?」
「――食事を終えたら、斗望を連れて御遼神社に行く。会いたくない」
昼威はあまりローラの事が好きではない様子だ。ただ、嫌いではないと思う。
ローラに『お義兄さん』と呼ばれるのが嫌なのだと前に聞いた。結果ローラは、普段は『昼威先生』と呼ぶが、時々これみよがしに昼威を、義兄と呼ぶようになった。最初は俺とローラの関係がバレてしまうと思って、俺の方が照れていたのだが、皆、その部分には触れてこない。男同士なのだが……まぁ、みんな男と付き合っているしな。
「朝儀は何時頃行くんだ?」
俺が尋ねると、朝儀が腕を組んだ。
「彼方さんが迎えに来てくれるって言ってたんだけど、僕も昼威の車に乗せてもらおうかなぁ。彼方さん、今は御遼神社に挨拶してるらしいし」
なんでも六条彼方さんという朝儀の恋人は、御遼神社の神主である侑眞さんの従兄であり、更には――俳優の兼貞遥斗の家の分家の当主らしい。世間は広いようで狭い。俺にとって芸能人といえば絆しか浮かばなかったが、その絆が兼貞と親しいと聞いて、ちょっとだけ親近感が湧いた。
「三人は、新年はいつ戻ってくるんだ?」
俺が聴くと、昼威と朝儀はそれぞれ黙った。斗望は俺を見て笑顔だ。
「僕は芹架くんと一緒に、ここに来るね!」
「そうか」
お年玉狙いだというのがよく分かる。斗望は、だんだんちゃっかりしてきた。そこがまた可愛い。
「僕は彼方さん次第だけど、その後、斗望と芹架君を迎えに来る予定だよ。御遼神社は新年は何かと忙しいから、今年は芹架君は彼方さんが面倒を見るみたい」
「――忙しいのに、昼威は行くんだな」
「別に良いだろう? 神社が忙しいだけで、侑眞が多忙なわけじゃない」
昼威は苦い顔をしながらそう言うと、その後気づいたように顔を上げた。
「玲瓏院にはいつ挨拶に行く?」
玲瓏院家は、藍円寺の本家だ。昨年は例外だったが、この挨拶ばかりは、いつも俺達三人と斗望で行く。一日と二日は、何かと玲瓏院も忙しいようなので、例年三日頃出かけている。
「三日で良いと思うけどね」
「俺もそう思う」
「そうか。では、三日には戻る」
昼威の声に、俺は頷いた。
「昼威と朝儀は、仕事始めはいつからなんだ?」
「救急は五日の夜からだ。今年は。少し人手が増えたんだ。クリニックはもう少ししてから開ける」
「僕は五日の朝から仕事」
「斗望は学校はいつからだ?」
「うーん、確か一日行って、すぐまたお休み」
斗望の答えは漠然としていた。斗望はおっとりしている部分がある。
こうして藍円寺の昼食時は、流れていった。
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