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【七】一年記念日(★) 【或る覚の妖怪薬:水咲×砂鳥】
待ち合わせの時間が遅かった事もあり、僕は水咲と共に、御遥神社に並ぶ人間の集団の後ろを抜けながら、ごった返しているなぁと思った。火朽さんと紬くんの姿も見かけたが、大学生達の邪魔をしても悪いだろうと思ったし、何より水咲と手をつないでいたからそれを見られるのも気恥ずかしくて、足早に歩いた。
「本当は、妖し詣での席で、隣に座っていてほしかったんだが」
「やだよ。さすがは新南津市の妖しの将軍様だけはあると思うけどさ、僕は普通の、本当に平々凡々なサトリだからね!」
「――己の好きな相手を見せびらかしたいと思うのは、贅沢か?」
「甘い事言うね」
「本心だ。ただ、逆に誰にも見せたくない、俺だけが見ていられたら良いという思いもあるから複雑だが」
「……僕も甘い事を言っても良いなら、恋人同士になって一年目の記念日くらい、二人で過ごしたいんだけど」
僕は水咲と繋いでいる手に力を込めた。すると驚いたように、水咲が息を飲んだ。
「もっと言ってくれ」
「何を?」
「甘い言葉だ」
「それは水咲の方が得意でしょう?」
「……砂鳥はめったに伝えてくれないから、貴重だ。俺は、心底嬉しい」
そんなやりとりをしながら、人間のテリトリーの御遥神社の、離れの庵の前を通り過ぎる。気配で、昼威先生達がいるのが分かったが、僕は知らんぷりを通した。そのまま、僕達は妖しのテリトリー側の神社の敷地へと向かう。
外観はそっくりではあるが、やはり気配は全く異なる。
そのまま水咲に促されて、彼の家へと僕は誘われた。既に日付が変わるまで、十五分を切っている。中へと入ると、今年も布団が敷いてあった。水咲の術だ。展開が早すぎると思う。僕は、その気なんだなぁと思いながら、水咲の横顔を一瞥した。
「今年もお世話になりました」
中へと入り、僕は布団の片側に座る。隣に敷かれた布団の上で、水咲があぐらをかいた。
「ああ。こちらこそ、世話になったな。良いお年を――と、言いたいが、今宵帰すつもりは微塵もない。新年のあいさつもしよう」
「僕も今日は泊まるつもりだったよ」
「そうか。そうだ、それと……これを」
水咲がそう述べると、手をたたいて、小箱を出現させた。そして僕に差し出したから、何だろうかと思いながら受け取ってみる。
「恋人同士になって一周年の記念の品だ」
「え?」
「人の暦の一年など、俺達にとってはあっという間だとはいえ……砂鳥に喜んで欲しくて選んだ。良かったら、身につけてほしい」
「あけて良い?」
「ああ」
頷いた水咲を見て、僕はリボンを紐解いた。全てが和風の水咲だけれど、差し出された箱は洋風で、水玉の包装紙でラッピングされていた。それを開封し、中を見れば、そこには、僕でも聞いた事のある人間のブランドの指輪が入っていた。
「えっ、こ、これ……まさかの、ペアリング?」
「そうだ。俺は首から下げているが……『お揃いは良い』と、六条彼方に教わったんだ」
「な、なるほど?」
「気に入らないか?」
「ううん。水咲からのプレゼントなら、なんだって嬉しいけど……予想外だった。こういうのって、人間特有の約束事のイメージだったから」
「――砂鳥は、ヒトに近いと俺は思うぞ?」
「そ?」
「ああ。だから俺こそ、人間の文化を学ぶことに必死だ。特に……お前が営むカフェにいても相応しくなれるように」
「そんなの気にしなくて良いのに。水咲の席なら、いつでも作るし、あけるし……仕事なんか関係なしに、僕は、そばにいたいよ」
早速指輪を左手の薬指にはめつつ、僕はそう述べた。ガラではないかもしれないが本心だし、人々は妖しも含めて年末年始に浮かれているが、僕にとっては、本日は、一つのただの記念日だ。去年の大晦日が終わった直後に、僕と水咲は結ばれたのだから。
「ええと、その……僕も一応、用意してきたんだけど……値段は低価格だよ」
「人の世の価値など気にならないが、事実か?」
「うん。寧ろ、水咲が用意していてくれた事がびっくりだよ。はい、僕からはこれ」
僕は持参していた鞄から、箱を取り出した。喜んでくれるかは不安だ。
正直な話――安物である。ただ、似合うと思って、選んだのは本当だ。
「有難う、あけるぞ?」
「うん。期待はしないでね?」
こうして水咲があけるのを見守っていた。中身はマフラーだ。夏でも水咲は着流し姿にマフラーだから、いつも使える品をと思った次第である。
「これは……趣味がいいな」
「お世辞は結構です」
「いいや、すごく気に入った。そうか、マフラーか。良いな」
水咲が頬を持ち上げた。それを見て、僕の胸の動悸が煩くなる。
――カーン、カーン、と、音がしたのはその時だった。
ここは神社であるが、そこまで響いてくるのは、玲瓏院の寺院の、除夜の鐘の音だ。
ハッとして時計を見ると、午前零時を秒針が過ぎた。
「あけましておめでとうございます!」
慌てて僕が言うと、ふわりと優しい顔で水咲もまた笑った。
「あけましておめでとう」
「去年もこんなやりとりをしたよね」
「そうだな。そして、姫はじめをした。いいや、初夜という方がふさわしいか?」
「どっちの表現も僕、恥ずかしいんだけど」
「今年も、離さない。俺は、砂鳥と褥を共にしたい」
マフラーの箱を畳の上に置くと、水咲が僕の両肩に手で触れて、布団の上へと押し倒した。短く息を飲み、僕は後頭部に枕の感触を覚える。目を大きく開いた僕の唇に、水咲が触れるだけのキスをした。チュっと、そんな可愛らしい音がした。
「無論、来年も、再来年も、永劫に。そして、記念日でなくとも、年末年始でなくとも、いつだって、その気持ちは変わらない」
「即物的な妖狐だよね、水咲って」
「欲しい存在を欲して何が悪い?」
「悪くは無いけど……ねぇ、水咲。僕が、今何を考えているか分かる?」
「残念ながら、他者の心を視て聴いて読み取るのは、サトリである砂鳥の能力だ。俺にはない。だから言葉にしてほしい」
「伝わってきたからこそ、事実として伝えるけど、僕も水咲と全く同じ気持ちだよ」
「同じ気持ち?」
「僕も、水咲とずっと一緒にいたい」
それは――関係性が変化する事に怯えていた付き合った前後、昨年の今頃とは全く違う気持ちである。今、明確に僕は、水咲が好きだ。
「本当か?」
「勿論」
「――嬉しいものだな。では、そのようにしよう、永劫に」
そうして再びキスをして、こうして僕達の姫はじめが始まった。
服を開けられた僕は、水咲の首に腕を回す。僕の鎖骨のすぐ上に口づけた水咲は、それからじっと僕を見て、どこか嬉しそうかつ……獰猛な目をした。
「ん」
続いて降ってきたキスは深い。舌を追い詰められて、絡めとられる。濃厚なキスにクラクラしながら、その後僕は、愛撫された。胸、陰茎、それから窄まりを、手で弄ばれる。
水咲が押し行ってきたのは、僕の体がじっとりと汗ばんだ頃の事だった。僕の髪が肌に張り付いている。必死で呼吸をしながら、僕は水咲の陰茎を受け入れた。
「あ、ああ……っ、ん! んぅ、あア!」
「好きだぞ、砂鳥」
「ぼ、僕も。あ……ぁ、ッく、んァ……ね、ねぇ、水咲、もっと」
「ああ、いくらでも」
僕の求めに、水咲が動きを速めた。激しく抽挿される内、僕の思考が快楽に染まり始める。この一年で、僕の体は随分と水咲の体温に慣れたと思う。決してそれが嫌ではない。
「あ――ああっ、んン――うぁあああ!」
その後、僕らは冬の空が白み、初日の出が登るまでの間、散々交わった。
何度も何度も唇を重ね、体を繋いだ。
改めて思った事として。
不安があっても、意を決して良かったなというのが、僕の本心だ。
多分だけど……好きだからこそ、関係を変えたくないと思っていたんだと思う。だけど、一歩踏み出した先には、今みたいな、更なる幸せが待っていた。だから、みんな、恋をするのかなと僕は考えている。僕は、一月一日を、このようにして、水咲の腕の中で迎えた。
永遠があるのかどうか、僕は知らないけれど、水咲が大好きな気持ちは本当だから。
来年もまた、こうして過ごしたいなと、そう考えながら僕は二度寝をする事に決め込んで、まだ寝入っている水咲の胸に手を置き瞼を伏せたのだった。
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