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 小さなことからコツコツと……基本、マジメ人間の楓は、予め細目な計画を立てないと動けない性分だ。  出たとこ勝負は不安過ぎるし、運の悪さじゃ誰にも負けない自信がある。それに自称・地縛霊から押し付けられた無茶ブリ・ミッションだろうと、やるからには途中で投げ出したくなかった。    俯いたまま、キコキコ、ブランコを漕いでいた少年の寂しげな横顔が、今も目の奥に焼き付いて離れない。  きっと、あいつはあの公園で再会の日をずっと待ち続けていたのだろう。  公園の遊具と一緒に消えるなんて、余りにも切なすぎると思った。考えてみれば、いじめてしまった少女への想いは彼にとって初めてで、最後の恋となったのだから。  で、公園から実家へトンボ返りした後、しばらく誰も使っていない自室へド~ンと座り込み、判明している事実を頭の中で整理してみる。  ブランコのユーレイ少年は相羽武弘と名乗った。死亡時には小学五年生だったらしい。なら相手の少女「ヒナ」も同じ年頃の筈だ。  何かと思わせぶりな口調で、事故から今まで、それなりに時が流れた事実を武弘は匂わせていた。  だとしたら、少年の死から現在に至るまでどれくらい経っているのか? 半年? 一年? それ以上も有り得るけれど……  ある程度、期間を絞り込まざるを得ない。どうせ長いスパンの調査は無理だし、シビアなタイムリミットがある。    ひとまず、一年以内の出来事と仮定してみた。  次に小学校の同窓会名簿を使い、まだこの街に住んでいる楓自身のクラスメートへ連絡を取って、「ヒナの捜索」を手伝ってもらう事にする。  もし彼らに今、小学校へ通う弟や妹がいるなら、その子を通じてヒナに関する情報を得られると思ったのだ。    ぶっつけ本番で険しい先行きを覚悟していたのに、意外とトントン拍子で事は運んだ。    少子化が進んだせいか、今年の小学六年生はクラスが三つしかない。その内、2組の名簿に篠崎日奈の名前がある。他に似た名前の子はいない様だ。    それに篠崎日奈のプロフィールは、武弘から聞いた少女の特徴とほぼ一致していた。但し、彼女にいじめの噂は出ていない。むしろ、クラス一の優等生で人気者だとか。    単にまだ表へ出ていないだけだろうか?  結局、確認手段は当たって砕ける一手のみ。  翌日の午後4時、楓は覚悟を決め、篠崎日奈の家の前まで行って、帰宅を待った。    いい年をした女がコソコソ植込みの陰に身を潜めて小学生を待ち伏せするのだから、客観的に見ると如何にも怪しい。  オバサンはね、オバサンはね、小さなオンナノコが大好きなんだよぉ……  ヤケクソ気味で呟き、ひたすら通行人の目を避けた。そして午後5時を過ぎ、薄暗くなってから楓は篠崎家の門へ忍び足で近づき、中を覗いてみる。    割と広い庭だが、明かりはまだ点いておらず、見通しが悪い。ヒュウと季節外れの生暖かい風が通り過ぎ、草木がそよぐ音がした。    武弘に「死者を招く」力の持主なんて言われたのを思い出し、背筋が寒くなって来る。逃げ出したい気持ちと戦う内、中庭の隅に動く気配があった。    縁側で庭仕事でもしていた途中、不審者を見つけ、庭へ降りて来たのだろう。眉間に険しく皺を止せたまま、六十代位の、日奈の祖母らしき女性がこちらを睨んでいる。    ヤバい、警察へ通報されそう……    老女の剣幕に恐れをなし、足早に路地を歩きだすと、そこに学校帰りの少女が近づいてきた。    日奈だ。    さらさらの長髪を風に靡かせ、弾むように歩く小柄な姿は、楓から見てもキュートそのもの。クラスの男子に注目されるのも道理だし、武弘が言った体格、容貌とも一致している。   「あの……あなた、篠崎日奈さん、よね?」  はい、とだけ答え、警戒心剥き出しで日奈は僅かに後退った。 「私、あなたの先輩。同じ小学校の卒業生なの。で、ちょっと調べてることがあるんだけど、お話、聞かせてくれるかな」 「……はい」 「あなたさ、ちょっと前にクラスの男の子からいじめられてたでしょ」 「はぁ!?」 「良いの、隠さなくて。ほら、相羽武弘君って子、知ってるよね」 「……誰ですか、それ?」 「え~、ホラ、通学路の途中にある公園の側で交通事故にあった子。辛い思い出だろうから隠す気持ちもわかるけど」 「隠すも何も、全然知らない名前です」 「一年くらい前、あなたと同級生だった筈よ」 「え~、いませんけどぉ、そんなの」  整っていた言葉尻を崩し、日奈は上目遣いに楓を見つめた。 「何、企んでんの、オバサン?」  警戒心丸出しの面持ちが一転、いきなり挑発的な口調になる。 「もしかしてアブナイ人? あたし、可愛いし、女でもそういう趣味とかあったら」 「いや、違うわよ。いやいや……あんた、何言ってんのよ!?」  上目遣いのまま、日奈はニコリと笑った。 「どうしよっかなぁ~? 家族に頼んで警察へ電話してもらうか、もう、人殺し~って、ここで叫んじゃおっか」 「待って、日奈ちゃん。私、あなたに話を聞きたいだけで」 「ん~、どうしよっかな~?」  美しい顔立ちが夕日に映え、天使さながらに見えるが、いじめられっ子だった楓の記憶が胸の奥でアラームを鳴らす。  違う。  この子の、この目つきには覚えがある。  あたしにはわかるんだ。やられる方じゃなくて、やる方……いじめる側特有の匂いがするのよ。   「助けて~っ! このオバサン、あたしをユーカイしようとしてま~す!」  楓の顔から血の気が引いた。  こちらに危害を加える気が毛頭ないのを百も承知で日奈は騒ぎ立て、こちらがパニクる様子を面白がっている。  成す術無く後ずさり、そして……    ヒュウッ、と乾いた風の音が後ろから聞こえた。鋭い視線が背中へ突き刺さる感触を憶えた後、せわしない足音が続く。    先程の老女だ。  可愛い孫の危機と見なしたのだろう。目から火を噴きそうなド迫力で庭から路地へ飛び出し、振返った楓の顔を睨みつけて来る。 「誰だ!? 何しに来た、お前!」  年の割につややかな長髪を振り乱す老女の姿は、まさに怒髪天を突く勢いを秘め、足取りも意外と速い。    ヨボヨボ歩きから大股のダッシュへ転じ、一気に距離を詰めて来る。  どう考えても話が通じる雰囲気ではなく…… 「わ~っ!? ゴメンなさぁい!」  何に対して謝っているのか、もう自分でも分らない。  震える身体で日奈の横をすり抜け、全力疾走で逃げ出す楓には、もう背後を振向く勇気も出なかった。
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