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春が近づいたある休日の、昼下がりのことだった。
外は窓から見ても分かるくらい、空気は冷たく、風も強かった。でもよく晴れていて、家で無駄にゴロゴロしてるのもなぁ、と感じさせる陽気だった。
それに加えて、母が「無駄にゴロゴロしてるねえ」と言うものだから、非常に居心地が悪くなった。自覚はあったのに、他人から言われるとむっとする。
「出かけますよ、出かけりゃいいんでしょ」
そう言って、青野は特に目的もなくふらりと外に出た。
図書館でも行くかなと思ったが、別に読みたい本もない。ゲーセンでも行くかなと思ったが、路銀の乏しい自分であった。
仕方なく、近くのコンビニであんまんと安納芋まん、それから少しの甘いお菓子と、ミルクティを買った。何故だか、甘いものを欲していたのである。
レジで千円札を出し、お釣りをもらう。
一緒に受け取ったレシートを見て、思わず「おぉ」と声をだした。税込みで777円だったのだ。
店員が青野の目を見て「良かったですね」みたいな表情をする。なんでアンタに、と思った。
それに、ラッキーだとは思うが、こんなことで運を使ってしまったような気がした。自分がパチンコやスロットをやっていればまた違ったかもしれない。いや、違わないか?よく分からない。
「おっ、すごい。やるじゃん」
不意に後ろから声がして振り向くと、クラスメートの高峰が覗き込んでいた。彼女はいつだって後ろからやってくるのだ。そうして何だか、ちょっと甘い香りがする。ミルクのような、メイプルのような。
「た、高峰」
「君もスミに置けないねえ」
こういう場合に「スミに置けない」という表現が正しいのか分からなかったが、相変わらず高峰はニコニコしている。
「なんでここに?」
「買い物。コンビニだもん」
まあそりゃそうだろう。もうすでに会計を終えたようで、レジ袋をぶら下げている。並んでいる人もいたので、二人は足早に店の外に出た。
出ると同時に、冷たい風が二人の間を吹き抜けた。
「良いことがあったのに、浮かない顔をしてるね。なんで?」
「良いことか、これ。別に得もしてないぞ」
「だってラッキーセブンじゃん。それも3つも」
「いやだから、それが何の――」
そこで改めて高峰を見ると、彼女は冷たい風から守るように髪を抑え、寒さからか、少し頬を赤くしている。見慣れた制服姿じゃない、もこもこしたパイル地のベージュのコートが良く似合っていて、そこから素足が見えた。
慌てて目をそらす。
でもシンプルに、カワイイな、と思ってドキドキしていた。
「私なら喜ぶなあ。今も羨ましいもん」
「じゃ、じゃあ、コレいる?」
青野はそう言って、レシートと一緒に、あんまんを手渡した。高峰は「いいの?」と言って顔をほころばせる。
「私、あったかいあんこが好きなんだよ。よく知ってたね」
知っていたわけがない。
「お、俺も」
「趣味が合いますな」
高峰が笑う。ここで初めて、青野にも笑顔がこぼれた。あんまん一つで得点を稼げるなら、それこそラッキーとしか言いようがない。
意味もなくコンビニに出てきて良かった、と思った。
この時にはっきりと、彼女を好きになったことを自覚したのだ。
でもそれだって、まだ恥ずかしくて、バレたくなくて、心の中の「ヒミツ」を入れる巾着袋にしまい込んだ。自覚した分だけ余計に扱いに困る、何やら邪悪な宝石のような感情を、その袋はしっかりと包み込んでくれた。
大人になった今、振り返って自己分析するなら、あのとき高校生だった自分が彼女に惹かれた理由は、「この人と一緒にいたい」とか「抱きしめたい」などという恋慕の情というよりも、どちらかというと、憧れに近かったと思う。
何も得したわけでもないのに手放しで喜べる高峰と、損したわけでもないのに運を使ってしまったと嘆く自分。何だか「2コ差」がついている気がしたのだ。
強引にこの恋の理由を説明づけるなら、その「2コ差」こそ、それだったと思う。ヒミツの巾着袋に封じ込めた理由もそこにあった。
だけれども、悲しいかな。憧れは憧れのまま。二人は恋人になることもなく、青野の片思いのまま、卒業することになった。
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