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 再会から数日後、青野は改めて、二人きりで高峰と会った。  社会人になって、もう学生時代とは違うんだ、彼女とは自然な会話ができるだろうという妙な自信が生まれていた。  場所は後々、二人の想い出の店となるタコス屋だ。この「想い出」というのには理由があって、とにかくタコスはデート(にすら至らぬ最初の1回目)には不向きだった。確実に手が汚れるのだ。  まあ後で笑い話になったのだから、それは良い。  お互いが休みとなった平日の15時、そのタコス屋に先に着いてそわそわして待っていると、彼女は冬のいでたちで現れた。 「待った~、青野くん」 「イ、イマキタトコ」  どこが自然な会話だ、と自分に突っ込みを入れたくなるくらい、ドギマギ具合は学生時代と変わっていなかった。それほど、彼女は綺麗だったのだ。白いニットの上にファーの付いたネイビーのショートダウン、それにチェックのスカート姿が可愛くて、ちょっとクールな印象もあって、思わず凝視してしまった。 「嬉しいな、青野くんとまたこうして会えるなんて」 「お、俺だって」  嬉しいと言ってくれた! これは勘違いしても俺のせいじゃない…。青野は最初にそんな言い訳をゲットした。  彼女の顔は、薄いピンクに染まっている。  青野の目では、メイクをしているのかどうかもよく分からない。  桜色、という言葉が頭に浮かんだ。今になって考えれば、もう好きになっていたから桜色に見えたのだろう。  それに引きかえ、自分は明らかに見劣りするなと思った。デートじゃないとは言え、こんな冴えない自分と一緒に食事をするってことが、恥ずかしくないのかなと案じたほどだった。  さて、話を聞いてみると、高峰が安座富町を出たのにはちゃんとした理由があった。  高校時代から具合の悪かった彼女の母親が、療養のために親戚を頼り、町を離れたためだ。父親は高峰が幼い頃に別れていて、兄弟姉妹のいない彼女は、一人きりになる状況だった。 「まあ一人で暮らすのでも良かったんだけどね、お母さんのそばにいたいなって思って。あの町で就職決まってたけど、断っちゃった」 「具合、かなり悪いの?」  聞いちゃまずかったかなと思ったが、聞かないのも不自然だ。  それに本当に知りたかった。母親は、高峰にとってきっと一番大切な存在だろう。知っておきたかった。 「うーん、分からない。私もお医者さんに話はちゃんと聞いたけど、これからどうなるのかな」 「今は、その親戚の家で一緒に住んでるの?」 「違うよ、お母さんは叔母さんと一緒が一番気楽みたい。私はストーカーみたいに近くで一人暮らししてるんだ」  そう言って笑った。  笑っていても、彼女は傷ついているような気がした。あるいは、抱えきれないほどの不安に満ちているかもしれないと思った。だけど、何も言えない。下手な励ましもできないし、力になりたくても、その方法が思いつかなかった。  心のうちに隠していたはずの巾着袋が、そっと緩むのを感じた。  そうなると、止められない。ヒミツを入れるための袋が、その役割を終えたかのように口を開いたのだから。 「俺、高校のときから高峰のことが好きだった」 「えっ、何、急に。お母さんの話じゃないの?」 「唐突でゴメン、だけど俺」  身を乗り出してそう言うと、それを見て高峰は、引いたりせず、笑った。少なくとも、イヤそうな顔ではなかった、と思う。 「何となく、気づいてたよ」 「えっ、そ、そうなの!?」 「好きじゃなかったら、あんまんはくれないよね」  その言葉で青野は、膝から崩れ落ちそうになった。まさか、根拠があんまんとは…。それをそんなふうに解釈するこの人が、敏感なのか鈍感なのかもよく分からなかった。 「高峰、付き合ってる人はいるの?」  聞く順序が違っただろうか。 「いないよ。いないから期待してたの、今日」  そうして微笑む。  嬉しすぎる答えだった。3秒ほどの沈黙が生まれて、瞳をじっと見てしまった。こんなにも可愛い人を、たぶん生涯で初めて見た気がする。  その日から、彼女は「彼女」になった。
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