侯爵邸へようこそ

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 総じて庶民がおいそれと手出しできる代物ではないのだが、侯爵邸は魔導具の宝庫で、多種多様なそれがフル活用されていた。  単純な光を生むもの、光に熱を伴うもの、水を生み出すもの、風を起こすもの。その他にもたくさん。  侯爵邸の周囲には魔物の侵入を防ぐ結界維持装置が等間隔で置かれているし、要所要所には防犯用の映像記録装置まで設置されている。  この部屋の照明も建物の内部に組み込まれた魔導具が担っていた。  部屋の入り口と、枕もとの二カ所にある紋様に触れれば天井の紋様が光り輝く。消したい場合も同様にすればいい。 「ニナ様。肩をお揉み致しますわ」  壁際に控えていたメイドたちが寄って来た。  黒と白のツートンカラーのお仕着せを着たこの二人は、新菜付きのメイドである。 「ああ、いえいえ、大丈夫ですよ! お気遣いなく!」  新菜は肩から手を離して手を振った。  この屋敷で暮らし始めて一週間が経つが、いまだにこの待遇には慣れない。  何せこれまではお仕着せを着て奉仕するのは自分の役割だったからだ。 「そうですか……刺繍に飽きられたのでしたら気分転換に庭を散歩されてはいかがでしょう? ちょうど八重咲の薔薇が見頃ですわ。その刺繍の提出期限は三日後ですし、そんなに頑張らずとも、まだ余裕がありますよ」  メイドはにこっと笑った。
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