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 さらっとしたレースのカーテンが、清潔感を際立たせる店内。大きな窓ガラスと座席の間には、鏡が一つ。シャンプーやスタイリング剤の華やかで清涼な香り。パーマ液やカラー剤の、温泉みたいな匂い。  あの瞳にも、この瞳にも、お客さんにとって異質に映るこの空間は、私にとってはただの日常だ。 「お疲れ様です」  シャンプーを終えたお客さんにそう言って、シャンプー台に倒していた椅子を起こす。お客さんは、はーいと言ってゆっくりと身体を起こしていた。終わりましたよ、と声をかけないのはどうしてなんだろう。お決まりの台詞は、自然と口から出るほどに馴染んでしまった。 「古いって友達に言われたんだけど、彼に振られちゃって」  セニング(すきばさみ)を髪に入れながら、お客さんの話を聞いていた。この時間を大切にされるお客さんも多い。その毛量も、クセも。すべてを美点に変えつつ、心も一緒に軽くする。ここはそういう場所だ。 「笠原さんはまだ若いですし、また出会いもありますよ。まずはここで、余分なものは切り落としてしまいましょう」  鏡越しに彼女の顔を見ることもなく、視線を髪に落としたままそう言った。  接客業だというのに、私は今日も笑わない。 ただそつなくこなす私も、男だったら「職人肌」なんて言われて渋さも出たかもしれないが、愛想のない女というのは可愛げがないのだろう。この道も長いというのに、指名をしてくれるお客さんは少ない。それがこの職場においてどういう意味を持つのかを、私だって気付いていないわけではなかったが、どうにもできないことだってある。  もうずっと昔、まだ私がこの仕事を始めたばかりのころは、こんなんじゃなかったはずだった。 「栗原さんっておばあちゃんみたい。そんなに年が離れてるわけでもないのに、話す言葉がいちいち貫禄あるっていうのかな。いろんな経験をしてるのかなって」 「そんなことないですよ。いろんなお客さんが来ますから、お話を聞くことが多いだけなんです」  当たり障りなく、淡々と。こんな私でも指名をしてくれるこの艶肌の女性を、はからずも尊いと思う。失恋で、白髪の一本も染まらない髪の毛。まだキューティクルも綺麗で、私にはまるで手の届かない場所にいる彼女。  失恋したら髪を切るなんて、もう古い。そう言われても、彼女は髪を切りにきて、私には切る機会すらなかった。このちがいは、まるでキラキラの宝石と道端の石ころのよう。石ころが宝石になることなんかない。
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