◇塔の中の令嬢

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◇塔の中の令嬢

 ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― 「ルイーズ様、灯りをお持ちいたしました」 「ありがとう、エステル。これらの本を、書庫に返してもらえますか?」 「まあ! もう読み終えてしまわれたのですか?」 「ええ。ここにいると、ほかにすることもあまりないですから」 「そうですね、確かに――。では、明日また、別の本をお持ちいたしますね」 「お願いします」  書き物机の燭台に灯をともし、重ねた本を手にとると、侍女のエステルは静かに部屋を出ていった。  ここは、王都から遠く離れた辺境の断崖に立つ王家の離宮。  離宮と言えば聞こえはいいが、要するに罪を犯した元貴族の収監施設だ。    ルイーズ・アクスフィアは、アクスフィア侯爵家の娘だ。  いや、父も弟も行方知れずとなり、彼女も罪人となった今、アクスフィア侯爵家は後を継ぐ者もなく、家系は途絶えたも同然だ。  だから、侯爵令嬢というのは過去の肩書きであって、ここではただの囚われ人、追放令嬢ルイーズ・アクスフィアにすぎない。  今から三ヶ月前、革命軍の討伐に向かった父と弟の帰りを屋敷で待っていた彼女は、突然王城に呼び出された。  そして、国王から、領地の収穫物を密かに送り届け、革命軍を支援したという身に覚えのない罪によって、辺境の離宮への追放を言い渡されたのだった。  王軍に加わり戦地へ赴いていた父と弟がなぜか消息を絶っており、アクスフィア家は、一家揃って王家を裏切ったと疑われたらしい。ルイーズは何度も無実を訴えたが、処分が(くつがえ)ることはなかった。  ルイーズは、この離宮に連れてこられ、尖塔の最上階にある小部屋に幽閉された。  最低限の家具のほか、細い鉄格子が嵌まった海が見える窓と小さな扉があるだけの部屋――。大きな声で叫んでも、誰にも声が届くことはない陸の孤島――。  食事は日に二回、侍女が階下から運んで来る。  望めば茶や菓子、本、紙やペンなど、様々な物を手に入れることができる。  監視役の侍女がいて外には出られないが、特別不自由を感じることもない暮らしだった。  国がどうなったのかも、父や弟がどこへ消えたのかもわからぬまま、外の世界から切り離されたルイーズは、この部屋で水平線の微かな変化だけを眺める日々を過ごしていた。  孤独を感じるとき思い浮かぶのは、愛する人々の安らかな笑顔だ――。  命を惜しむつもりはないが、彼らの消息を確かめぬうちは、先立つわけにはいかなかった。再び会える日が来ることを信じ、ルイーズは、小窓から神に祈りを捧げ、離宮での無為な日々に耐えていた。    ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ――
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