回想

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回想

***  中学に上がると同時に県外に引っ越した郁実君に再会したのは、高校二年生の夏休み前だった。  行きたい大学の偏差値に少し届かなくて塾を検討しているとき、評価が高い「大学生家庭教師マッチングサイト」があるんだとクラスメイトが教えてくれた。  条件を入れれば、学力や志望校への適応だけでなく、行動パターンや思考、性格など、数値化の難しいデータもAIが分析して、合格に導く最適な人材を選択してくれるという。それもプロ家庭教師の半額以下の値段設定だそうだ。  親に許可をもらってサイトに登録して条件を入力すると、時間を置かずに三名のマッチング結果が出て、そのうちの一人とのオンライン面談がすぐに決まった。 「こんにちは。学生家庭教師照会サイト・プログレス所属の家庭教師、内藤郁実です。……俺のこと、憶えてるかな?」  デジタル画面越しでもわかる、内側から光を放つような美形がそう挨拶したとき、驚きと喜び、面影が見て取れる微笑みへの郷愁、再会への興奮……たくさんの感情が俺の心を忙しく駆け巡り、身体の震えが止まらなかった。  忘れるわけない。俺の憧れのお兄さんだった郁実君だ!  ────今も積極的な方ではないけれど、引っ込み思案で内向的な子どもだった俺は、小学校に入学した一学期間、学校に行き渋って両親を困らせ、悠生を呆れさせていた。    そんな俺を毎朝迎えに来て手を引いて学校に連れて行ってくれたのが、当時六年生で地区の班長さんだった郁実君だ。  郁実君は小学生でもすでに大人っぽくて、俺にとっては絶大的に「素敵なお兄さん」だった。今考えれば幼い一年生の相手なんかつまらないだろうに、時々放課後に悠生と一緒に遊んでくれて宿題も見てくれたし、俺たちがまだ知らない話をわかりやすく聞かせてくれたりした。  面倒見がよくて、賢くて優しい郁実君。俺は彼が当たり前に大好きだった。  でも、有名な大学附属の中学を受験して合格した郁実君は、県外の学校付近に引っ越ししてしまったんだ。  別れたときは幼過ぎて泣くことしかできなかったけれど、こんな偶然があるなんて!   「こんな偶然があるんだね」  郁実君も顔を綻ばせて言いつつ、この会社(プログレス)は郁実君が大学三年生の時に立ち上げた会社だそうで、他の二名とも面談して慎重に選んでほしいと付け加えた。    勿論! そんな悠長なことをするわけがない。絶対に郁実君に教えてほしくて、その日のうちに両親にお願いをして、すぐに契約してもらった。
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