回想

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「俺も郁実君に習いたい!」  郁実君の三回目の指導が終わった夜、大学進学希望がなかった悠生が言い出した。  双子でも俺たちは外見以外はまったく似ていない。外見も、造りは同じでも悠生は自分を魅力的に見せることを知っていて、お洒落に余念がないし軽い化粧もする。学校では「スペシャルA軍」と呼ばれるグループの中心にいて、高校卒業後はウェブデザインスクールに通う予定で、毎日グループの友人たちと遊び歩いていた悠生だ。    それなのに、俺の家庭教師が「幼馴染の郁実君」だった為に興味を引いてしまった。ただ最初は本当に興味本位で、悠生にとってはおぼろげな記憶の人に会ってみるのも悪くないくらいのことで、郁実君の初訪問時に家に帰って来たのも授業が終わる時間だった。  けれど俺には予感があった。  悠生は昔から目立つものを手に入れたがる。郁実君は名門大学在学中で学生起業家として成功し、容姿も抜群。性別なんか関係ない。悠生には、大人になった郁実君が最高ランクの獲物に見えるだろう。  予感は外れなかった。悠生は郁実君の腕に腕を絡め、目と唇になだらかな弧を描いて首を傾げて、「ね、お願い」と鼻にかかる声で言った。  幼い頃から今でも、断る人はゼロに等しい悠生のおねだりの仕方。俺にはできない、男なのに可愛いと思わせる、完璧な仕草。  元々悠生も大学に進ませたかった両親は大喜びで、悠生と一緒になって郁実君に頼み込んだ。  これじゃ、郁実君は断れないに決まってる。 「申しわけありません。スケジュールの都合がつきませんし、プログレスはマッチングシステムが売りなんです。登録から始めて下さい」  ……郁実君、断ってくれた。  個人的な感情ではなく、代表としての言葉だとわかっていても、嬉しくて安心した。  でも悠生は引かなかった。俺の授業中に部屋に入り浸るようになり、勉強道具を持って質問まで始める。勉強を避けていた悠生の変化は両親にとっては願ってもないことで、指導依頼の熱も上がる。  結局、それから二か月ほど過ぎると、郁実君は俺と悠生を別日で指導するようになった。  悠生がどんな勉強をしていたかなんて知らない。けれど、悠生の部屋からはいつも悠生のはしゃぎ声が聞こえていて、本当に勉強をしているのか? と思うことも頻繁にあった。  なのに下位だった悠生の成績はどんどん伸び、悠生は俺の希望大学……郁実君が通う学校でもある……の別学部の合格判定を得るまでになっていた。  当然俺だって必死で頑張っていた。俺が入学したときは郁実君は大学院に進んでいるけれど、少しでも郁実君に釣り合うようになりたい。  合格して……同性の俺が郁実君に思いを打ち明けることはできなくても、これからは友人としてでも近い立ち位置でそばにいたい。  俺は郁実君が好きすぎて、問題を教えてくれるときに距離が近くなったりすると変に意識して身体をずらしてしまったり、夜にベッドの中で、郁実君に触れられるのを想像して自慰をしたりもしてしまった。  だからいざ郁実君本人に会うと目が合わせられなかったりして、微妙な空気を作ってしまうときがあったから、それも払拭したかったんだ。
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