負け犬に猿轡

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 やってきた男の声には、どこか聞き覚えがあった。なぜだろうといぶかしむが、理由はすぐ明らかになる。 「どうしたんだ、近藤。発砲音がここまで聞こえてきたぞ。なんで2人も殺してるんだ」 「あ、いや、正治の兄貴。こっちの奴がですね、こいつを殺したみてえなんです。ほら、ドスが落ちてるでしょう。今シマん中で殺しがあったなんてサツにばれたらやばいじゃないですか。死体も殺した奴も消しちまおうかと思いまして」 「そういうことか。じゃあ頼む。2人まとめて魚の餌にでもしておけ」 「分かりました」  霞がかった頭で、ようやく理解した。  兄の正治は、秀才ではあったが性格は良い方ではなかった。周囲の人間は彼の才能に寄りついていただけだ。せっかく入った優良企業をやめたのも、そのせいなのだろうか。  それでもカリスマ性はあった。白河組に入った彼にとって、そこで上り詰めることはたやすかったに違いない。  結局、最後まで負けたことが分かっただけだ。 「じゃあな、雅也。刻まれて魚に食われれば、お前は本当に畜生以下の下等生物だぞ!」  実兄の腹立たしい言葉が、最後に聞いた音だった。こいつに勝ちたくて、こんな世界に飛び込んで人まで殺したのに。あんまりじゃないか。くそったれ。ふざけんな。  人生最期の数十秒を不満に使い切ろうとするも、全てが言い訳に過ぎぬまま、雅也の意識はついに途切れた。          (完)
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