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「俺は・・・・・・俺は、なんでこんなことになってるんだ」
自問に自答できない。何度も、頬を雫が伝っていく。雅也は、馬鹿みたいに泣いていた。
自分は、ただ兄に勝ちたかっただけだ。勉強も運動も、全ての評価において自分を上回っていたあの厭味ったらしい兄貴を、負かしてやりたかった。
だというのに、どうしてこんなに泣いているのだろう。
兄の正治は全国で最も偏差値の高い大学に現役で合格し、そこから国内最高峰の大企業に就職した。入職後の近況は聞いていないが、きっと今頃は課長にでもなっているだろう。
一方の自分は、三十路にもなって無職だ。やっと外に出たと思ったら不良に土下座して仲間に入れてもらって、白い目で見られながらも一緒に行動して、結局はポイ捨て。
どこから間違えていたのか、考えたくもなかった。
***
自分1人では死体の処理など到底できない。漫画みたいに手足をノコギリで切り離してゴミ袋に詰めて、なんて芸当も無理だ。
幸い、雅也には一般人にはないような頼みの綱があった。気性の荒い狭山がしょっちゅう電話で呼び出していた相手だ。横から盗み見ただけなので番号はうろ覚えだが。
ポケットからスマホを取り出し、電源をつける。手が震えすぎて指紋認証がうまくいかず、しかたなしに暗証番号を入力した。ようやく表示されたホーム画面が一気に闇を照らし出す。
電話のアイコンを見つけ出して番号を打ち込んだ。途中で何度か指が止まるが、これに賭けるしかない。
発信のマークをタップすると、呼び出し音が鳴り始める。意外にも、相手はワンコールで応答した。何を言おうかと逡巡した途端、滑らかな決まり文句が聞こえてきてぎょっとする。
「お電話ありがとうございます。株式会社サニトリー人事部、中島でございます」
「す、すみません間違えました・・・・・・」
雅也は弱々しく答えて、通話を切った。どこに電話しているんだと謎の羞恥心と後悔が湧き起こるが、無理やり感情に蓋をする。
再度スマホの画面をタップして、もう1度電話をかけた。今は慌てていただけだ。落ち着けば間違えることはない。そう自分に言い聞かせる。
だが、そう思っていたのも束の間だった。そもそもの記憶が曖昧であり、連絡先をしっかり確認したわけでもないのだ。記憶にある番号と末尾の数字を2つ変えただけの電話番号は、またしても全くの別人に繋がった。
だみ声の女が不機嫌そうに用件を尋ねてきたが、今度は何も答えずに終話した。
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