負け犬に猿轡

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 心臓の鼓動がますます大きくなっていくように感じられる。命綱が千切られていくのを見ているようだった。雅也はいつのまにか、じっとりと嫌な汗をかいていた。  時間が迫っているが、皆無ではない。まだ余裕はあるのだ。考えよう。  記憶の中にある数字を書き換え並べ替え、何度も電話をかけた。ガチャ切りを繰り返しているのがだんだん馬鹿らしくなってくる。  しかし、10度目くらいでようやく、呼び出し音を野太い声が遮った。 「死体処理?どっから聞いたのか知らねえけど、うちは高いぞ」  目的の相手に繋がったことが分かると同時に、最初の一言でますます現実がのしかかってきた。雅也は緊張と恐怖で言葉に詰まりながらも、息せき切って話し始めた。 「しょ、処理ですか!あの、頭が血だらけで、なんかナイフで喧嘩がしてて。スーツなんですけどすっごい汚れてて血まみれで動かないんです。ほんとに息してなくて、あの、血が、ほんとに」 「はあ?どういう状況だよ。分かるように説明しろ」 「鉄の匂いがするんです。血が出てて、殴られて、ナイフが。あ、傷も痛いんだけどそうじゃなくて、あの、動いてないんですよさっきから。引きずってくのもできないし切り刻むのも無理だし。それでえっと、あの」 「お前さ、言葉分かる?分かるように説明しろっつってんの。何言ってんのかさっぱり分からねえ」  こちら側にも聞こえる大きさの舌打ちが、はっきりと耳に届いた。まずい、怒っている。そう思えば思うほど言葉はもつれていく。  自分でも何を口にしているのか分からないほど、記憶と現実と恐怖が混濁していた。  このままでは来てくれない。死体が片付かない。恐怖が口を開かせ、無理やり唾を飛ばした。言った後にやっとその意味に気づくが、時すでに遅し。最後まで言い切っていた。 「何でもするから!お願いします。助けてください」  何でもするという言質の重みに、ぞっとした瞬間だった。返ってきた言葉は、安堵と絶望を同時にもたらした。 「いらねえよ。その慌てっぷりで思い出したけどお前、いつも狭山の隣にくっついてたヘタレのおっさんだろ?銃の1丁でビビってた奴に利用価値なんて無え」  冷たくも間違いのない正論を最後に、通話は一方的に切られた。その場が一気に静まり返り、雅也の鼻を再び血の匂いが掠めた。
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