負け犬に猿轡

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 人間の体はとにかく重いということが、よく分かった。脱力しているとなればなおさらだ。  運ばれることに協力してくれない血まみれの成人男性を引きずり、雅也は必死に一歩を踏み出し、また一歩を踏み出していた。  ほんの数メートル歩いただけで息が上がる。昔から運動はからきしだった。明らかに喧嘩慣れしていそうな不良と殴り合いになって、最終的に頭をかち割ってしまったことが奇跡的である。  最初に自分の勝利と相手の死を理解したときは、数秒フリーズした。  息が気道を削り、不快な呼吸音を漏らす。今すぐ立ち止まってこの厄介な荷物を放り出したいという欲望にかられるが、我慢しなくてはいけない。それは1番の禁じ手だ。  助力は得られないと分かった今、頼れるのは自分だけだ。難しいだろうが、やはり小分けにして捨てるのが最適だろう。  近くに、この時間でも空いている大きなホームセンターがあったはずだ。大きめの刃物も、何か売っているに違いない。  とは言え必要な道具の調達に行く間、一時的に置いていく必要があった。死体の頭は、彼自身が着ていたスーツをぐるぐる巻きにして、なんとか血が漏れないようにしてある。  この路地は、ただでさえ裏取引に使われるような曰く付きの場所だ。人はそう簡単に入ってこないだろうから大丈夫と、自分を納得させる。  暗い路地の影までどうにか死体を引きずっていき、そこに放置した。影になっていて完全に見えない。  白河組に入ろうと決めて2年、狭山と会って2年、つまりこの街に来て2年。店までの道は分かる。だが、その先は分からない。  ポケットに入っている所持金で足りるのかも。何か買ったところで、無事に死体を抹消できるのかも。  これから先の、未来のことも。    ***  街灯がぽつぽつと建ち並ぶ道を抜け、雅也はホームセンターに足を踏み入れた。こんな時間になっても営業していたとは知らなかったが、都合がいい。さっさと買い物を済ませて出よう、そう思った。  しかし、この格好ではそれすらも難しいようだ。先程から周囲の視線が痛い。客も店員も、誰もが雅也を凝視してはすぐに目をそらす。自身の服を見下ろすとどす黒い血しぶきが目に入ったので、考えるのをやめた。  そうだ、今は所持金と買うべきものの値段との釣り合いが最重要だ。ここで買えなければ、今度こそ何もできない。  ひそひそ声が今はうるさかった。妄想でも何でもなく、周囲の人間が皆自分に意識を集中している。
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