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視界の端に妙なものが映り込み、反射的にそちらを向いた。学生らしき男が2人、気まずさの裏に恐怖をにじませて構えたスマホを下ろす。
カメラの付いたスマホの背面が、確かに雅也の方を向いていた。撮影は好奇心のためか、通報のためか。長居すべきでないことはよく分かった。
背筋が自然と曲がっていく。元来の猫背も相まって、腹を抱えているような角度になった。こういうときでも、兄の正治なら胸を張って堂々と歩くのだろう。
彼の才能と実力は、計り知れないほどの自信を彼に与えた。同時に、凡人には到底届かないほどの自負も。それを背負うだけの力が、雅也にはなかった。
だから、手に入れたくて違う世界に来たというのに。結局このざまだ。
様々な商品が並ぶ棚の前を通り過ぎて、ずんずんと店の奥へ進んでいく。返り血のついた服には目を落とさないようにして、横目で棚の上に吊られた商品種類を確認した。
恐らくDIYのコーナーに置いてあるだろうと検討をつけたのだが、肝心のDIYがなかなか見つからない。
商品棚だけを意識して歩いていると、何かにぶつかった。足がもつれて前方へ転倒しかけるが、ぎりぎりで踏みとどまる。
慌てて顔を上げると、こちらを見下ろす大柄な男と目が合った。獲物を睨めつけるような鋭い視線だ。着込んだスーツの袖の下にちらりと刺青が見えて、はげなのに強面な理由を悟った。同時に血の気が引いていき、足が震えだす。
「兄ちゃん、その服どうしたんだ」
低い声が、雅也の安いシャツを示す。飛び散る赤い模様に、男の声が一段と低くなったような気がした。
答えられない。そもそも口が開かない。強力な接着剤でぴたりと貼り付けられてしまったみたいに、雅也は口をつぐんでいた。
関わってはいけない人種だが、既に自分もその仲間入りをしている。自分が入ろうとしていた組織は、こういう人間の巣窟なのだ。そしてこの街は、そんな組織の縄張りなのだ。
気づいたときには、雅也は男に背を向け、一目散に駆け出していた。息を喉につまらせて涙を吐いて、がむしゃらに手足を動かす。
商品の入った段ボールを蹴飛ばし、引きつった顔で避ける店員を突き飛ばし、来た道をそのままなぞって店を出た。
刺青の男に追いかけられているわけでもないのに、無我夢中で足を地面に叩きつけて蹴り抜いて腕を振って、走り続けた。
息切れで胸が苦しくなってきた頃、ようやく元の路地にたどり着いた。一気に血の匂いが濃くなり、それ以外の嫌な悪臭と混じって鼻腔を突き刺す。余計に涙がこぼれるが、拭うのも惜しく、雅也は死体に駆け寄った。
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