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血の染み込んだスーツで頭をぐるぐるに巻かれた男の抜け殻は、さっきと寸分たがわぬ格好で雅也の到着を待っていた。誰かがこれに気づいたことはなさそうだ。
刺青の男から逃げ切ったことも相まって、思わず膝の力が抜けた。地面に崩れ落ちるようにして座り込み、目撃者が未だに自分と狭山だけであることに安堵する。安心材料はもはやそれだけだった。
解体するための道具すら買えなかった。しかも血まみれの服で店に入った挙げ句、いきなり狂ったように駆け出したのだ。
途中で突き飛ばした店員は、はたして自分の顔を覚えているだろうか。出禁になることは間違いないし、要注意人物として裏で情報が共有されるかもしれない。
しかも一度くじけてしまったこともあってか、もう気力はいっさい沸き起こらなかった。明日になっても明後日になっても、行動を起こさねばこのままだと分かっているのに、動くことができない。
膝を抱えて死体の隣に座り、両手で頭を抱えた。こんなことになったのも兄のせいだ。昔から無駄に自分より優秀で、なんでもできる秀才だった。先に生まれた兄貴に才能や運を全部とられたせいで落ちこぼれになったのだ。
全部あいつが悪い。あいつのせいだ。俺はただ、兄貴を見返してやりたかっただけなんだ。性格は悪かったけど勉強も運動もできて、要領も物覚えもいい兄に、なにか1つでも勝ちたかった。
だから、相手の戦えない土俵に這い上がろうと必死になっただけ。何も悪くない。
この男だって、たまたま死んだだけだ。絡まれて、答えに詰まって、それに煽られて襲いかかってきたから喧嘩になって、殴られまくって、でも死にたくないからナイフを抜いてめちゃくちゃに振り回して、抵抗して。その結果だ。俺は悪くない。こいつが死ぬべき人間だっただけだ。
悪くない、悪くない。俺は何も悪くない。雅也が自己保身を延々とつぶやいていたときだった。
不意に重い足音が響き、人の気配がした。
「おうおう、こりゃまた派手にやったな。ドスも落ちてることだし、警察が来たら俺らがやったと思われちまうねえ」
聞き覚えのある声に、雅也は恐る恐る顔をあげる。
ホームセンターでぶつかったスーツ姿の刺青の男が、死体の傍で雅也を見下ろしていた。
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