負け犬に猿轡

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 裏返った悲鳴を必死に押し殺す。だが、目の端に浮かぶ涙だけは隠せなかった。  雅也の怯えっぷりが面白いのか、男は禿げ上がった頭を揺らしてくつくつと笑った。それから雅也にずいと顔を近づけて、鼻と鼻がつくほどの至近距離で凄む。 「返り血浴びてるわ挙動は不審だわ、怪しいと思ってつけてみたらてめえ、殺しなんかしてたのかよ。ここまでとろくせえ奴に殺されたこいつも、可愛そうだな。そう思わねえか」  そう言って煙草臭い息を吐くと、刺青の男は顔を離し、再び斜め上から雅也を見下ろした。  口ぶりからするに、走って逃げた雅也を怪しんでついてきたということだろう。やっぱり運動は苦手だ。  刺青の男は、おもむろにスーツの懐をまさぐった。そして取り出されたものに、雅也は心の底からぞっとする。  短い鉄塊にしか見えないそれは、明らかに拳銃だった。男の意図を理解し逃げようとするが、立ち上がるより早くこめかみに銃口を押し付けられた。  金属特有の冷たさが、額から全身に伝わるようだった。心臓の鼓動を、今までにないほど強く感じる。汗と涙に混じって鼻水が垂れる。無様な醜い顔面に銃を突きつけられていた。 「そんな光り物持ってんなら知ってるだろうが、この街は俺達白河組のシマだ。その死体をサツに見つけられちまえば、サツの連中は確実に指定暴力団である白河組のせいにする。それはな、まずいんだよ」  子供に言い聞かせるような口調だった。しかし、引き金にかけられた指に力がこもる。  発砲と着弾は、一瞬だった。轟音が轟くと同時に全身が後方へ傾き、雅也は地面に倒れ込んだ。  それとほとんど同時に、近づいてくる1人分の足音を直接肌に感じた。誰かが様子を見に来たのかもしれない。薄れゆく意識を繋ぎ止めるように、必死に祈った。お願いだ、助けてくれ。即死には至っていない。あと数十秒だけ余命がある。意識も、あとほんの少しだけ。  だが、聞こえてきた声はあまりにも無情だった。
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