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女が苦手だ。
女はすぐに泣く。
「おにぃ、それさよにかして?」
ひとつ年下の妹は、兄の俺から見ても可愛い容姿をしていた。そして、なにかとすぐに泣いた。
「これはだめ。ほかのならいいよ?」
「ほかのじゃなくて、それそれがいいの。おにぃのけち」
紗代は大きな瞳いっぱいに涙を浮かべると、父親のほうに駆けていって、その足にしがみついた。
「パパぁ、おにいちゃんがいじわるするの」
妹の涙の破壊力は半端ではなかった。
「おやおや、紗代、泣かないで。賢司。紗代に少しだけ貸してあげてくれないか?」
紗代は自分が買ってもらった玩具に飽きて、俺が買ってもらった玩具に目移りしただけだった。
「すぐにかえすから」
天使のような笑顔で言った妹に、俺は渋々機関車トーマスのヒロのプラレールを渡した。ヒロは俺の一番好きなキャラクターでやっと買ってもらえたものだった。だが、ものの数分で紗代はヒロに飽きた。しかもそれだけじゃなかった。
「ごめんなさい。わざとじゃないの。ごめんなさい、おにぃ。ゆるして。わぁん」
紗代はまた泣いていた。返ってきた変わり果てた姿のヒロに、俺のほうが泣きたくなった。どんな遊び方をすればこんなことになるんだ。
「賢司、紗代も謝ってるから許してあげてな。お前にはまた買ってやるから」
「でもパパ」
しゃくり上げそうになった俺にパパは言った。
「賢司、男は我慢だぞ。簡単に泣いちゃダメだ」
今思えば時代錯誤も甚だしい。
泣き止んだ紗代は、父の後ろから俺の顔色を窺うように見ていた。
ヒロのプラレールの記憶は、俺の心の奥底に今でも棘のように残っている。
***
「おにぃ、この服貸して?」
洗濯後たたんで置いてあっただろう俺の服を、自分の胸元に合わせて、紗代は上目遣いで言ってきた。
「駄目って言ったらどうせ泣くんだろ?」
「さっすが、おにぃ。わかってんじゃん」
高校生になった紗代はさらに強かに成長している。
「もってけば。返さなくていいから」
「わーい! さんきゅー、おにぃ!」
紗代には何度も泣かれ、そして騙されてきた。
紗代だけではない。俺はわかっている。女の涙は信用ならない。
泣けばなんでも許されると思っている女が俺は苦手だ。
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