8

1/5
前へ
/18ページ
次へ

8

 俺は念入りに歯を磨いて、寝癖がないか髪もチェックして、もらった紺のマフラーを巻くと、いつもの時間に駅に行った。そして、彼女が来るのを待った。  いつもより時間が長く感じられる。  彼女に何て言おう。  まずはお礼だよな。それからチョコレートトリュフが美味しかったことを伝えて。マフラーも気に入ってしてる、と。  俺も君のことが好きだ。名前を教えてくれる?  それからなぜ俺の名前を知っているのか聞こう。  彼女はどんな顔をするだろうか。  気が付けば、俺は彼女がしていたようにぼんやり線路を見ながら、予行演習を頭でしていた。  だが、彼女は時間になっても駅に現れなかった。  どうかしたのだろうか。  一本電車を見送って待つ。二本目の電車も行った。三本目の電車が入ってきて、俺はもしかしたらと考えた。  彼女は風邪でも引いたのだろうか。  いや、昨日の今日でそれは考えづらい。  彼女は。俺に会うのを避けた? 言い逃げ?  そんなこと。  彼女は俺にどうしてほしかったのだろう。自分の気持ちを伝えればそれでよかったというのだろうか。  俺はまいったな、と頬を人差し指でかいた。  さて。どうしたものか。    翌日も俺は数本の電車を見送って彼女を待ってみたけれど、彼女は来なかった。  じゃあ少し早めの電車に乗っているのかと、数本前の電車の時間にも駅に行ってみたが、彼女はいなかった。  本格的に避けられている。  あんなにルーティンにこだわっていた彼女だ。時間を変えることは彼女にとってどれだけ勇気がいたことだろう。  それだけ俺に会いたくないってことか。  俺は彼女のいない駅でため息をついた。  俺の返事に嬉しそうな笑顔になる彼女を想像していたのに、とんだ妄想だった。  毎日駅に行けば会えた彼女。  数日彼女の姿を見られないだけで、禁断症状のように彼女の色々な表情が頭の中を巡る。中でも、初めて会ったときの泣き顔が何度も。  これは重症だ。  彼女は平気なのか? 俺に会わなくても。俺が好きだというのに?  俺はこんなのは耐えられそうにない。  現実の彼女に会いたい。  季節は三月になっていた。  君が避けるなら俺は否が応でも会ってやる。  俺はホワイトデーに勝負をかけようと考えた。    
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加