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「おにぃ……? え? ちょっと何してんの?」
寝ぼけ眼の紗代が、俺の姿を認めて目を擦って驚きの声をあげた。トイレにでも起きたのだろう。
「歯磨き」
俺は歯ブラシを動かす手を止めずに答えた。
「まだ五時前だよ?」
「ああ。まあ、ちょっと事情があって」
「昨日買い込んでた大量のお菓子とかんけーあんの? 今日ホワイトデーだもんね」
さすが紗代は鋭い。
「ある」
「ふうん。よくわからないけど、おにぃ、報われるといいね」
紗代の言葉に、俺は手を止めた。
「ああ。ありがと」
「まあ、ダメでも紗代がまたチョコクッキー作ってやんよ」
珍しく可愛いことを言ってくれる。
「なんだ、紗代もうまくいかなかったのか?」
「まさか。紗代が振られるわけないじゃん」
「そりゃそうかもな」
「いってらー」
「おう。行ってくる」
まだ暗い中、俺は家を出た。三月半ばとはいえ、朝は冷える。すっかり首に馴染んだマフラーを巻いて、俺は早足で駅に向かった。手にはスクールバッグと、大きな紙包み。
彼女が何のお菓子が好きかわからなかったから、キャンディ、マシュマロ、グミ、クッキーととにかく美味しそうに見えたものをすべて買い込んだ。
これで会えなかったら俺は馬鹿みたいだ。
自分がこんなことするキャラだとは思わなかった。
転校したとか、入院しているとか、小説のような展開はやめて欲しい。俺は今日何としても彼女に会うんだ。
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