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満員電車の中で、制服のブレザーの裾に違和感を覚えて俺は後ろを振り返った。一人の女子が必死な表情で俺の制服を掴んでいた。真っ直ぐな黒髪を肩までの長さで切りそろえて、制服を風紀のお手本のようにきちんと着た女子だった。その女子の手は震えていて、俺を見上げる瞳は涙で潤んでいた。
女の涙は嫌いだが、彼女が酷く追い詰められているのは俺にもわかった。
なんだ?
彼女の後ろの男の動きが妙だ。
まさか。
「おい、そこのおやじ」
俺が声を上げると、そのおじさんは開いたドアから身を滑らし、慌てて出て行った。
くそっ。なんてタイミングだ。
「待てよ!」
俺はおじさんを追って降りようとした。けれど、被害者の女子が俺の制服を掴んだまま離そうとしない。
「ちょっと、あんた。あいつ逃げてったぞ?!」
俺の言葉に彼女は小さく何度も頷くようにした。その目から透明な雫がぽたぽたと落ちる。
「!」
ドクッ。心臓が跳ねた。
その瞬間の衝撃をなんて言えばいいのか。
紗代の涙を見慣れてるはずなのに、彼女のこぼした涙に俺は酷く動揺した。
「ごめんな、さい……。指が、強張って……」
彼女は俺の制服をよほど強く握りしめていたらしい。その手は小刻みに震えていた。
俺は冷水を浴びせられたような気がした。こんなにも怖がっていたのに、俺はなんて無神経だったんだろう。
「俺こそごめん。もう、大丈夫だから。指、ゆっくり開ける? 時間かかっていいから」
彼女はまた何度も頷き、その度に涙がきらきらと光って落ちた。
彼女の涙はまるで宝石のように見えた。
なんだ、この感覚。
彼女は懸命に手を開いて、俺のブレザーの裾を離した。そして、震える手をもう一方の手で押さえつけようとしていた。
「ひとまず、次の駅で電車降りようか」
俺の提案に彼女は少し躊躇うそぶりを見せたが、
「……はい」
と小さく頷いた。
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